論点整理 新担い手政策の問題点

提携米ネットワーク
2006年02月17日
提携米ネットワークとして、新農政、担い手政策に対する問題提起と考え方をまとめました。
議論の一助となれば幸いです。


1 総論
農家ひとりひとりが創意工夫し、自立する農業のために必要な政策は、貿易措置(関税措置)と個別農家への必要に応じた直接支払い(環境直接支払い)のみでよい。
それ以上の政策措置は農業構造の変化をかえって遅らせ、政策のための無駄な税金の投入となる。
担い手集中政策、集落営農誘導は、強制ではないとしているが、それにともなう助成、補助金のありかたによって、本来の農業自立ではなく、地域社会に対する強制圧力となり、個人の経営の自由を奪い、かえって農村の地域社会を崩壊させる原因ともなる。戦時中の大政翼賛会的な発想での農業経営への国家介入であり、危険な思想である。
国家による農業経営への直接介入と、地域社会の慣習、人的なつながりをみこした政策(補助、助成)は中止し、新規就農や農業環境の整備、輸入に対する貿易措置、環境保全と農業生産の調和など農業や社会が必要とする政策に集中することが必要である。

2 各論(1) 集落営農
集落営農を、地域への補助金という形で強制・誘導することは、民主主義に対する挑戦である。そもそも、農業にはふたつの側面があり、個別経営体として家族、法人といったそれぞれの形での生産・経営を行う私的領域と、水路・水管理、共有地などの地域社会共同体として維持管理を行う公的領域がある。
今回の集落営農誘導政策は、農業の公的領域での合意形成(環境保全政策、地域協定等)のみならず、私的領域の生産・経営にまで国家が立ち入り、集落営農を行わなければ地域社会、地域農業が成り立たないと脅迫している。しかし、本来、生産・経営部分はそれぞれの経営体が考え、選択する自由をもつ部分であり、集落営農(経営体の統合)を行うのも、個人として経営を維持するのも、小グループで法人化するのも、また、極端には廃業するのも自由である。この部分を、農業の公的領域と混同し、「農業を守るため」との名目で集落営農を誘導するのは民主国家の行うことではない。
農業は、ひとつの産業であり、経営体の自己実現の場である。
集落営農誘導政策は、自立する農業者に対し、その土地を奪い、アイディアを奪い、認定農業者になれば重荷を背負わせ、反対すれば村八分にする政策である。

3 各論(2) 担い手政策
集落営農とならび、農地集約のためとして担い手への集中政策がとられているが、これもまた、集落営農と同様に農業の私的領域への国家介入である。農業を、経営として拡大していきたい経営体(個人、法人)は、自ら地域を説得し、農地の貸借、買い入れを行うであろう。それを適切に判断し、農地を農地として有効に利用することさえ政策として担保されればよいのであって、その経営体に農地を貸す、あるいは売るかどうかは、その経営体の信頼(信用)の問題である。この問題を単純化し、集落営農に対する担い手の位置づけを行うことは、担い手となる経営体・経営者の自立を阻害し、農業の産業としての成長を妨げるものとなる。 
国家が、国策として産業を選択し、その成長を管理誘導する手法は、日本が戦前より資本投下型の工業手法として鉄鋼、自動車、半導体などで行ない、ある意味で成功してきた手法であるが、こと農業に関しては、過去の膨大な国家予算投入をしても成功せず、むしろ農業経営体の自立を妨げ、農業を今のように弱体してきた最大の理由となっている。
担い手集中政策は過去にも行ってきたが、その担い手政策こそが、本来もっとも国策に合致すべき大規模農業を志向する農業者さえも経営を困難にさせてきた。それは、常に経営に対して国家が介入してきたからである。担い手要件を並べたて、担い手にならなければ融資がうけにくくし、担い手になれば要件にそった経営を迫られる。それでは、創意工夫した自立的な農業経営などできないではないか。
戦後の米の生産調整(減反政策)を多額の国家予算をもって行い、その結果、農家が自立意識を失い、経営体としてのモラルを低下させ、農地の固定化(流動化阻害)や耕作放棄を招き、その上で、需給を狂わせ、米に対する消費者の信頼を失わせてきた。そしてついにその政策が破綻し、食糧庁が解体されたにもかかわらず、今もまだ、自主的な生産調整といいながら事実上の国家指導型減反政策を続けている。今回の担い手要件にふたたびこれら「自主的な生産調整」が取り入れられていることを見れば、この担い手もまた、手足を縛られ、創意工夫ある自由な経営が許されないことは火を見るよりも明らかである。
経営体に対する国家介入は、行うべきではない。

4 各論(3) 環境政策とインフラ整備
では、農業政策はなにをすればいいのか。国内に対しては、持続的な農業生産ができるための環境政策とインフラの整備である。
環境政策に関しては、持続的な農業生産のための環境負荷低減技術の支援、本来の環境保全のための地域協定と、その個別作業に対する直接支払い、農地の非農地使用への制限、耕作放棄地等に対して農地として維持するための土地流動化支援等である。 
インフラ整備に関しては、環境政策とあわせ持続的な農業生産、環境保全のための公共事業、新規就農に対する低利融資、税制優遇などの産業としての導入策、あるいは、廃業にともなう農地の保全(と農地としての流動化)のための政策、あるいは小規模経営体に対する必要に応じた融資保証等の最低限の私的領域政策が望まれる。

5 各論(4) 貿易と国境措置
むしろ、国家に求められる最大の農業政策は貿易と国境措置である。WTO体制とFTA政策の推進によりにより、世界および地域の環境、文化、社会のありようを崩壊させるような自由貿易体制がとられつつある。無制限な食糧貿易は、国家の自立や安全保障をゆるがし、自然環境を崩壊させ、食料の安定供給に対し潜在的な危機と不安を増大させる。先進国最大の食料輸入国=外国依存国である日本は、輸出国の水、土といった環境資源、労働資源を奪い、貧困層の食料へのアクセス力(調達力)を奪うことによって食糧供給を成り立たせている。それは、国家として恥ずべき行為であり、先進国として、持続的な社会、環境を維持発展させる上でも、できる限りの食料自給率向上を行い、他国への環境負荷等をさけるべきである。
そのために、貿易に対する国境措置は必要である。WTO・FTA体制の中で、世界を説得し、食料の無制限の自由貿易をくい止め、同時に、最大限の国境措置を行う、これこそが我が国の長期的な自立と世界への責任のとりようである。

付記:WTO農業交渉は2006年4月のモダリティ確立、7月の譲許表提出といったスケジュールが組まれている。農産物輸出国に都合のよい、関税引き下げ案、輸出補助金削減案、などを認めるべきではない。