コメの検査制度と表示制度の適正化を
農薬過剰の原因を減らし、環境にやさしい農業を
2007.6.14
提携米ネットワーク
牧下圭貴
■要旨
コメの検査制度、表示制度には制度上の問題がある。
生産者が構造的に不利益になりやすく、制度に合わせるために農薬を過剰使用する傾向の原因となっている。
検査制度、表示制度の適正化によって、米の生産、加工、流通、販売の適正化と農薬の使用抑制が可能になる。
消費者の安全・安心への期待や有機農業推進法、生物多様性の確保の視点からも農薬の使用抑制のための制度修正が必要。
■本文
今、環境保全や生物多様性や食の安全性の確保は、世界的な課題となっています。
政府の生物多様性国家戦略では、日本において里地里山が生物多様性にもっとも重要な地域であるとされ、水田稲作や里山林を含んだ生活と農業の関わりの見直しを求めています。
農業の分野でも、2006年12月には、有機農業推進法が成立し、農薬や化学肥料に頼らず、環境や生態系を活かした生産への転換がはじまりました。
一方、日本の農薬使用量は、水田面積が大きいことから、稲作向けがもっとも多くなっています。除草や殺虫殺菌などに使われる農薬のうち、一部には過剰な防除が行われており、それは収量のためというより、農薬使用を前提とした制度の欠陥によるものもあります。
それが、コメの検査制度です。
現在のコメの検査制度は、見た目の格付けを重視するあまりに、生産者にとって不利な価格差を生む構造となっており、生産者の安易で過剰な農薬使用を招いているだけでなく、生産者を経済的に不利益にし、悪意をもった一部の流通業者や加工業者が不当な利益を得やすい構造を生んでいます。
そこで、コメの検査制度を、有機農業推進や環境保全、生物多様性や農業生産者の経済的な公平性の確保の観点から見直し、修正することを求めます。
(1) お米の生産から流通までの流れ
コメは、消費者の手に精米されて渡るまでに多くの行程があります。
生産者が田んぼで収穫したコメは、もみ殻のついた「もみ米」の状態か、もみすりした「玄米」の状態で保管され、販売されます。
米穀検査は、玄米あるいは白米の状態で受けることになっていますが、生産者は一般に玄米の状態での検査を受けます。
販売の流れとしては、代表的な流れとして
【一般流通】
生産者(もみ米・玄米)→仕入れ業者(玄米、白米)→小売り→消費者
【産直など】
生産者(もみ米→玄米、白米)→(小売り)→消費者
という流れになります。
もみ米から玄米、玄米から白米に精米する過程では、異物(小石やヒエなど)、着色粒などの低品質なコメ、小さすぎたり割れたコメが自動的にはじかれて一定の品質のものになるように調整されます。
(2) 米穀検査制度(農産物検査法)
米穀検査は、農産物検査法に基づき、生産者が検査を受けることができるものです。検査は任意ですが、品位等検査を受けなければ、後述する販売時の「品質表示」を行うことができません。「品質表示」は販売時の目安として仕入れ業者や小売業者が必ず求めるため、産直などを除き、事実上、米穀検査は必要不可欠になっています。
米穀検査は、品位等検査と成分等検査がありますが、成分等検査は食味等に関わる部分で、「品質表示」とは関わりません。「品質表示」と関わりがあるのは米穀検査のなかの品位等検査です。
また、米穀検査は、生産者でなく、売買取引や加工業者も受けることができますが、この場合「品質表示」のいわゆる三点表示(品種、産地、産年)について表示することはできません。
品位等検査は、水稲うるち玄米の場合、1等~3等および格外に区分されます。
検査項目としては、大きく、整粒割合(粒のそろい)、含有水分、被害粒・着色粒や異物混入の比率などで決められます。
今回問題にしているのはこのうち、被害粒・着色粒や異物の混入比率のあり方です。
(3) 玄米及び精米品質表示基準(JAS法)
コメの「品質表示」は、消費者への販売の目安となるものです。
産地 新潟県
品種 コシヒカリ
産年 平成19年
のように、産地や品種、栽培された年を明示するためのルールとして法律で決められています。
この品質表示を行うためには、米穀検査を生産者が受けていることが必要です。生産者の申告と検査機関による検査によって、そのお米がどこで、いつ栽培され、品種が何かを確定されます。
いわゆるブランド米がもてはやされる中で、ニセ品種や産地の偽装などが多発したことから、このような検査-表示制度ができました。
しかし、もともと米穀検査は、かつてお米の流通が政府の管理下にあった頃、政府が買い上げるためにつくった「原料米の品質」検査制度です。一方、JAS法の「品質表示」制度は、お米の流通が自由化されるなかで消費者の選ぶ権利を守るために作られた制度で、「製品としてのお米の品質」の表示制度です。
検査制度と表示制度のもともとの考え方の違いが、今回の問題の原因になっています。
(4)原料米と製品としてのコメの違い
コメは農産物ですが、収穫した状態では食べられません。
もみ米の状態から、もみ殻を取る「もみすり」をして、玄米にします。
玄米の状態でも食べられますが、一般には精米加工をしていわゆる白米(精米)の状態で流通し、炊飯して食べることになります。
米穀検査は、生産者にとっての「原料米」の検査です。
原料の時点では、まだ小さなコメや、着色粒、異物などが混ざっています。
その後、もみすりなどの工程で、小さなコメ、被害粒、着色粒、異物などは、はじいていきます。
さらに、玄米から精米し袋詰めしていく過程でも同様の米粒を揃えて、製品にしていく工程があります。
その上で、表示されて販売されます。
品質表示は、流通業者にとっての「製品」の表示です。
生産者の視点から、コメの流れを追ってみましょう。
収穫し、玄米の状態で、米穀検査を受けます。ここで1等から3等、格外に格付けされます。
その状態で、仕入れ業者が格付けに応じて値段をつけて買い取ります。
生産者は、2等、3等が多いと、手にする金額が少なくなります。
仕入れ業者の視点から、コメの流れを追ってみましょう。
生産者が米穀検査を受けたコメを買い取りますが、1等から3等に格付けされたものによって値段の格差をつけて引き取ります。
その後、精米加工工程で、小さなコメ、被害粒、着色粒、異物などは機械ではじきとります。1等が一番歩留まりがよく、2等、3等の歩留まりは悪くなります。
しかし、精米が終わった時点で、1等、2等、3等の格差はなくなります。
販売時には、1等から3等の格付けは意味がなくなります。
仕入れ業者からすれば、歩留まりの悪い分が生産者に支払う価格差ということになりますが、実際には、この価格差以上に生産者は安く扱われることが多くなります。
それは、政府の管理時代から続く米穀検査の格付けの重みによるものです。
(5)消費者にとっての検査制度と表示制度
このように、米穀検査は、品質表示のために3点表示を行う前提として行われる側面と、1等から3等まで原料米を格付けするという側面があります。
消費者にとっては、原料米の格付けは、その後加工選別されるためにまったく意味を持ちません。消費者としては、産地、品種、産年が間違いなく表示し、選択できればよいことになります。
一方、米穀検査による1~3等の格付けによる価格差の発生と、その後の選別によって品質の調整が可能な現状は、高品質米のみをブランド米として販売し、残った中品質米は外食産業に安く供給するという構図を生み、外食のご飯の食味が下がっていく原因のひとつともなっています。
また、生産者にとっては、コメの価格が下がる中で一等米でなければ、採算が合わない状況となっています。そのため、過剰なカメムシ防除による農薬の多用や、食味よりも一等米になりやすい品種の選択など、環境や食べる人に配慮できない状況を生んでおり、安全でおいしいコメを求める消費者が望まない状況になっています。
(6) 問題解決の提案
米穀検査制度は、原料米の格付け検査であったところが、販売時の品質表示基準のためにも必要となったことに問題の矛盾があります。
しかし、米穀検査制度の現代的な意味を完全に否定することはできません。
そこで、米穀検査制度を、現在の1000粒に3粒黒点米があったら3等といったあいまいな基準から、「原料としての規格」として製品後の歩留まり率を明確に示す指標としての規格制度に変更することを提案します。
具体的には、
原料米を検査の際一部抜き取り、精米して、手順を定めた歩留まり率を出し(着色粒、被害粒、異物、割れ米、粒の大きさ等)、それによるいくつかの規格(グレード)をつけることにします。
歩留まり率としてのグレードがあれば、歩留まり率×原料米の価格とすることで、生産者から仕入れ業者への適正な販売価格になる構造を作り出すことができます。
これによって、生産者は過剰な農薬使用や一等米偏重の指向から脱却し、仕入れ-加工時に、仕入れ業者が利益を不当に得るための操作と思われてもしかたのない行為を防ぐことができるようになります。
この変更には、法律の改正は必要ありません。
農産物検査法第11条に基づいて、農産物検査規格を変更することで可能であり、「米の農産物検査等検討会」によって方向性を打ち出せばいいのです。
本問題についての検討を行うよう要請します。
追 記
カメムシによる被害粒による検査時格付けの低下と農薬多用の問題について、消費者団体、農薬問題に取り組む団体、有機農業関係団体等が現在、農林水産省に米穀検査制度のあり方についての要請を行っています。これらの提起も、本質的に同じ問題から発生しています。
そのほかの米穀検査の問題点
古代米(赤米・黒米など)...もともと玄米や精米状態で色がついている赤米などは、最近、多様な品種や伝統的な品種として各地で見直され、栽培されています。この元々色のついているお米について米穀検査(品位等検査)を受けると、一般的に「等外(格外)」になります。それでも、生産者は、産地表示、産年表示のために検査を受けています。制度のそもそもの矛盾があります。
都道府県単位での指定品種...米穀検査では、品種は、その都道府県が認めている品種に対してのみ行われます(産地品種銘柄)。そのため、伝統的な品種や他地域で栽培されている品種について米穀検査を受けた場合、表示制度での品種の表示は「その他」になってしまいます。多様な品種を栽培し、冷害や異常気象に備えている生産者や伝統的な品種を残そうとする生産者にとっての矛盾した制度です。
■要求書案
農薬過剰の原因を減らし、生産者が安心してコメを栽培できる条件を確保するための
農産物検査(米穀検査)の改訂を求める
農林水産大臣殿
農産物検査法にもとづく米穀検査制度と、それにもとづくJAS法のコメ表示制度は、コメ生産者が構造的に不利益になりやすく、制度に合わせるために生産者が農薬を過剰使用する傾向を生む制度的な欠陥があります。
検査制度、表示制度の適正化によって、米の生産、加工、流通、販売の適正化と農薬の使用抑制が可能になります。
生物多様性国家戦略では、水田を含む里地里山が日本の生物多様性の確保にもっとも重要な地域であるとしており、国民の食の安全への期待や、有機農業推進法が成立し、農薬や化学肥料等に依存しない生態系や風土と調和した農業への転換が求められる中、稲作における農薬の使用抑制のための制度修正が必要である。
そこで、生産者、消費者が共同で、以下の要望をするものである。
一、農産物検査法第11条に基づいて、農産物検査規格を変更し、現在の品位等検査による格付けを廃し、原料としての歩留まり率を仕入れ業者等が判断するための規格として改訂すること。
一、農産物検査規格が、品種や食味等など経済的な合理性にあたらない不当な価格差の根拠とならないよう指導すること。
一、そのほか、生物多様性確保の観点から稲作の農薬使用量削減に向けた遺伝子組み換え技術導入以外の政策を実施すること。