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新基本法の問題点

[ 1999年04月30日 レポート ]

1999.4.30
明治大学兼任講師 山浦康明

■はじめに
 去る3月9日、 食料・農業・農村基本法が国会に提出され、ようやく審議が開始されようとしている。農業関連の諸法が昨年以来成立し、 また今国会でも成立する見通しであるが、 新基本法により農政の具体的な方向性が決定されないまま官主導で具体的な農政が次々に打ち出される状況は異常である。 また新法は宣言法という性格を持たされ、 例え成立してもこれまでの農政の仕組みに民主的な枠をはめ国民の声を反映することはむずかしいかもしれない。 この点に関しては新基本法案の抽象性や両義性も一役かっているのであり、本法の問題点(下記に○で表す)を指摘し、対案(下記に◎で表す) を示すことが急務である。以下にそれら論点を各条ごとに考えてみよう。なお、本稿は筆者も参加した4月28日付「ふーどアクション21」 の実行委員会の声明文の作成過程で論じられた論点や提案に基づいており、それに提携米運動の視点を付け加えて再構成している。今、 運動としての取り組みの必要性は急務である。

(1)新基本法案第1章「総則」
(第1条「目的」について)

○本条はこれまでの各種の基本法と同様に、基本政策の宣言を抽象的に述べるにとどまり、 無内容である。農政の基本方針を具体的に示すべきである。
◎「食料主権」を宣言し、「国は、食料の安全保障を最優先課題として掲げること、食料の自給と安全を確立するために、 まず自国の土地その他の食料生産資源を活用すること」を宣言すべきである。また、それらが実現されるためには 「生態系との共存をはかりつつ地域社会が存続すること」が必要である。

(第2条「食料の安定供給の確保」について)
◎表題は「食料の安定供給の確保」ではなく、「食料の安全保障」とする。
○第1項において、「良質な食料」「合理的な価格」 と表現される食料の安定供給の確保の意図は現状の輸入に依存する食生活を無批判に前提としており、国産の農産物を基本とする農業政策・ 食料政策がみられない。
◎第2項は「国内の農業生産の維持拡大」をねらいとし、備蓄、海外援助などを組み合わせることを原則としなければならない。

(第6条「水産業及び林業への配慮」について)
◎表題は「水産業及び林業の振興」とすべきである。また本条は「食料の持続可能な生産と消費は、日本の森林の維持、湖沼・河川・ 沿岸水域の水質向上によってこそ可能となる」ことを明記すべきである。
(第7条「国の責務」について)
◎第1項は「国は食料主権を確立するために、~施策を~策定し、実施する責務を有する」とする。
◎第2項は「国は情報を国民に公開する義務を負い、本法の基本理念に関する国民の理解を深めなければならない」と国の責務を強調すべきである。

(第8条「地方公共団体の責務」について)
○本法では、 国と地方公共団体の関係が従来どおりに上意下達になる可能性があり地域の自主性を強調する必要がある。
◎農村の振興については地域社会の要請こそ基本であり、地方分権の精神にのっとり地域住民及び地方公共団体の主体性を重んじるべきである。 そのためには本条は「国との適切な役割分担」という表現を越えて、「地域住民及び地方公共団体は農村振興のための政策主体である」、 「地域社会の範囲を超えた問題については国が調整を行う」との表現にあらためるべきである。 また本法第15条の基本計画の策定においても地域社会の意見を尊重しなければならない。

(第10条「事業者の努力」について)
○「基本理念にのっとり食料供給の努力をするもの」との表現では事業者の位置づけが一般的すぎる。 国産の農産物の使用により食料自給率の向上に協力すること、消費者に安全な食品を供給する義務を負うことを強調すべきである。
◎「事業者は本法の基本理念を遵守する責務を負う」とすべきである。本法の基本理念を実現するにあたっては、 事業者は安易に外国産の農産物を使用することなく国民的視点から「国産の農産物の利用を原則とすること、 新技術による農産物の使用は安全性が確認されるまでは控えること」などを明記し、消費者の安全性を重視すべきである。

(第11条「農業者等の努力の支援」について)
○本条が述べる「自主的な努力」の内容が抽象的である。
◎本条では「生産者と消費者の提携活動を国及び自治体が支援すること」を明記すべきである。

(第12条「消費者の役割」について)
○本条が述べる「積極的な役割」は抽象的で無内容である。
◎基本理念の実現のために、「食料の消費生活の向上」を「食生活の改善」に改めるべきである。消費者は食料を消費する主体として、 安全な農水産物を摂取する権利を有する。しかし、国内産の農水産物の自給を高めるためには消費者の国産指向が必要であり、また食べ残し量の減少、 健康面からの肉食指向の見直し、など消費者の協力が不可欠である。こうした消費者の権利と日本型食生活への方向づけを本条に盛り込むべきである。

(第14条「年次報告等」について)
○既存の「農業白書」 が国会に提出されるだけでは政府の政策に対する検討が十分に行われない可能性がある。
◎年次報告は、本法及び基本計画の進捗状況を詳細に報告し、過去1年間の政策実施の問題点、 執行が不十分であった場合の責任の所在を明確にする必要がある。 新年度の政策に改善のための方策を検討する第三者たる検討委員会を設置する必要がある。 本条にはフォローアップ機関とそのシステムを盛り込むべきである。

(2)第2章「基本的施策」
第1節「食料・農業・農村基本計画」
(第15条「食料・農業・農村基本計画」について)

○計画の策定主体は政府(農水省)となっており、食料・農業・農村政策審議会の意見を聴く、 とはなっているものの官主導の農政が行われる可能性がある。 また現在依然として続く強制減反のように生産者の意向を尊重しない上意下達のシステムを改めるべきである。
◎第1項に、「基本計画は、国民の代表である国会の承認事項である」ことを明記すべきである。計画立案における事前の情報公開を行い、 政策の対象となる地域社会の意向、地方自治体の政策案の尊重、消費者の意見を盛り込むシステムをつくるべきである。
 また計画の実施の成果を第三者が評価し、未達成の場合の責任の所在、計画の改善を盛り込むべきである。
◎第5項は「委員会(審議会)の意見を尊重しなければならない」とする。

第2節「食料の安定供給の確保に関する施策」
◎表題は「食料の安全保障の確保」とする。

(第16条「食料消費に関する施策の充実」について)

◎第1項には食料の安全性の確保をより重視して、他の省庁との連携のもとに「安全性が確認されない新規食品の規制」を挿入する必要がある。 またポストハーベスト農薬の心配のある輸入農産物に頼らず、国内産とりわけ地場産のものでまかなえるような政策をとるべきである。 また農法としても有機農業を振興し、生産者と消費者の提携活動を支援する仕組もつくる必要がある。「食料の安全性の確保」 については衛生面での管理強化の強調が生産装置の高額化を生み資本力のある事業者を優遇することのないように配慮すべきであり、 微生物の全面排除といった環境との共生を考えない行き過ぎた衛生管理にならないようにしなければならない。また安全性については、発ガン性、 遺伝毒性、生殖毒性についての観点を加えるべきである。
◎第2項では「国は食料自給率の向上のために国民に日本型食生活を勧める義務がある」ことを明記すべきである。 「健全な食生活に関する指針の策定、食料の消費に関する知識の普及及び情報の提供」の内容は、 現状の食生活が戦後のアメリカ型食生活への指向性の結果であることを反省し、食生活の現状批判を含むものでなければならない。この内容には 「教育を通じた地域の風土食の再評価、食文化の復興」を盛り込み、この点を本項または第3項で規定する必要がある。

(第17条「食品産業の健全な発展」について)
○本項は食品産業が国内自給に果たす役割が軽視されている。
◎食品産業が国内自給に果たす役割を強調すべきである。また「食品の安全性を基本として事業活動をしなければならない」 ことを本条に明記する必要がある。なお現在も広がりつつある生産者と消費者の提携活動も農産物の流通の重要な要素として支援する必要がある。

(第18条「農産物の輸出入に関する措置」について)
○国が輸入制限措置をとる際の基準が不明確である。
◎国内の農産物の減少率などにより国内生産を維持発展させる政策に沿った国民にわかりやすい措置をとるべきである。

(第19条「不測時における食料安全保障」について)
◎国は食料不足を来さないように、国内の農水産物の生産を増大させ備蓄を十分に行うことがその責務であるが、 不測時における対策を国民の合意のもとでとる必要もある。
その際には、食料の分配、流通規制、生産強制が非民主的に行われないように、緊急対策の内容とその手法について情報を公開しなければならない。

(第20条「国際協力の推進」について)
◎国際協力においては、被援助国の食料自給、環境保全型農業の推進を重視し、我が国の都合だけを押しつけることなく、 また多国籍企業の戦略に利用されることのないように留意しなければならない。

第3節「農業の持続的な発展に関する施策」
(第21条「望ましい農業構造の確立」について)

○本条は農業の効率性、規模拡大政策を偏重しすぎている。農業の近代化の結果は農薬・ 化学肥料の多投による土壌の疲弊、生産力の頭打ちにみられる限界性をもっていることを認識すべきである。
◎望ましい農業構造は、大型機械利用を中心に農薬・化学肥料を多投する農業から環境保全型農業へ移行する中で、 また農村社会を維持していく上でも小規模な家族農業を切り捨てることのない方法の中に探られなければならない。

(第22条「専ら農業を営む者等による農業経営の展開」について)
◎望ましい「農業経営の展開」を謳うにあたっては、農村社会を維持するためにも、小規模な家族農業経営の活性化を図ることを、 政策の中心に置くべきである。そのため、本法の「専ら農業を営む」の「専ら」は削除すべきである。家族経営農家の協業化は必要性があるが、 農業経営の法人化の要件緩和が株式会社による農業・農地支配につながらないようにするために、株式会社に農地の所有権・ 利用権を認めてはならない。

(第23条「農地の確保及び有効利用」について)
◎農地の確保は国内自給率を高め我が国の農業の基盤を強化するためには不可欠の前提である。 国は500万ヘクタール以下に落ちた耕地面積に対して基本計画に基づき拡大目標を立てた上で責任をもって施行すること、 水田の裏作などの有効利用を図ること、減反政策はただちに中止すること、減反などにより耕作放棄された水田の復田などを図らねばならない。 農地の利用の集積、農地の効率的な利用の促進に関しては、株式会社の土地所有を認めてはならない。

(第24条「農業生産の基盤の整備」について)
○農業生産の基盤の整備にあたっては、これまでの公共事業の非効率な側面を見直し、 地域の実情にあった工事を進める必要がある。
◎これまでの農水省主導による全国一律の方式を改め、地域の創意工夫を尊重し、効果的な方式とすべきである。とくに、中山間地域では、 小規模な基盤整備や農民の創意を活かした取り組みへの助成が必要である。

(第29条「技術の開発及び普及」について)
○本条は新規技術のプラス面ばかりを強調しているきらいがある。
◎農水産物の生産・加工・流通にかかる新規技術については、消費者の安全性を確保することを第一に行われなければならない。 科学上の安全性が確認されるまでは「疑わしきは導入せず」の原則で対処すべきである。

(第30条「農産物の価格の形成と経営の安定」について)
○第1項は農産物価格への市場原理化を重視しすぎている。
◎第2項では、国内産の農水産物の自給率を高める目的を鑑み再生産を保障する施策を講ずる必要がある。

(第32条「自然循環機能の維持増進」について)
◎「日本農業全体の環境保全型農業への転換を図ること」を明記すべきである。また「有機農業の推進に対する保障、助成策」を入れるべきである。 さらに「家庭や学校給食等からの生ゴミ、残さの利用」についても言及すべきである。

第4節「農村の振興に関する施策」
(第34条「農村の総合的な振興」について)

◎第1項末尾は「~農業の振興その他農村の総合的な振興に関する施策を地域住民、地方自治体の意向を尊重しつつ計画的に推進するものとする」 に改める。
◎第2項末尾には「その際には地域住民、地方自治体の意向を尊重する。」との文言を付加する。

(第35条「中山間地域の振興」について)
◎第3項として「国は中山間地域及び平場での有機農業など環境保全型農業の振興を図るための支援策を講ずるものとする」を謳う。


(3) 第3章「行政機関及び団体」
(第37条「行政組織の整備等」について)

◎冒頭の表現は「国及び地方公共団体は、食料、農業及び農村に関する施策を講ずるにつき、情報公開と地方分権を旨として、相協力するとともに~」 とする。

(4) 第4章「食料・農業・
    農村政策審議会」
(第39条「設置」~43条「権限」について)

○本審議会は農水省のもとにおかれこれまでの各種審議会のように省庁の決定の正当化に使われる可能性があり、 位置づけを変更する必要がある。
◎本法の理念を実現するため、審議会は独立した機関としての委員会として設置し、農政の領域を越えた政策立案について審議を行う、 内閣総理大臣のもとにおかれる「行政委員会」とする。委員会の構成は、国民各層、地方自治体の意見を反映できるものとし、 委員の選任は国会の承認事項とする。委員会の審議は原則公開とする。委員会の意見及び決定は尊重されなければならない。 委員会の事務局は農林水産省に置き、実務を遂行する。

 

WTOシアトル閣僚会議・NGO会議に参加して

[ 1999年04月30日 レポート ]

1999.12.5
明治大学兼任講師 山浦康明

現地時間で1999年11月30日より12月3日まで、アメリカのシアトル市において、 次期WTO交渉の枠組を定め交渉の方向性を確定する閣僚会議が開かれた。この会議は12月3日決裂し、課題であった開始宣言文の策定は行われず、 農業、サービス分野は2000年1月からのジュネーブでの再交渉で仕切直しとなる。これと並行して、 5万人以上のNGOグループが世界各地からシアトルに集結し、閣僚会議と並行して多くの会議・集会をもち、 WTO会議を批判する街頭行動を繰り広げた。日本消費者連盟も担う「ふーどアクション21」の組織派遣、及び「みどりの運動連絡会」 所秀雄代表の代理として、私もシアトルに行き、NGO会議に参加し、またWTO閣僚会議を見守ったが、 11月28日から12月3日までの現地での私の体験をもとに農業を中心とする貿易交渉を考えてみよう。

(1) WTOボイコット運動と抗議のデモ行進
 11月28日にはWTO体制を批判する街頭デモ行進が行われた。市のダウンタウンを舞台に数千人のプロテスター(WTOに批判的な人々) がプラカードを持ち様々なパフォーマンスをくりひろげながらデモをし四つ角で集会を開いた。11月29日には、 WTO事務局主催のNGO会議に対し、ボイコットをねらいとして開場のコンベンションセンター(市会議場)にプロテスターが夜半に進入した。 WTO事務局は安全確認のため会議を遅らせた。私も会議参加のため3時間入り口付近で待つことになった。ダウンタウンではデモが行われた。 11月30日午前7時前からプロテスターは閣僚会議開始を阻止する作戦に出た。パブリック・ シチズンなどの呼びかけで何万人ものプロテスターが全米各地や世界からダウンタウンに集結し「人民の鎖」ピケ作戦に出た。 会場のパラマウント劇場周辺にピケを張り各国の閣僚や傍聴希望のNGO代表たちや報道陣を会場に入らせない作戦である。 WTO主催者側も対抗して会場周辺にバスを密接に連ねて円陣を張り巡らせた。その結果、 閣僚達の多くや会議傍聴希望のNGO代表の人々が会議場に入ることはできなくなり開始は夕方まで延期された。 ダウンタウンでは政府関係者の宿泊する高級ホテルや会議場周辺で何万人ものプロテスター達が四つ角でピケを張りダイイン (路上に横たわり抗議する行動)を行った。午前11時ごろプロテスター達と彼らを排除しようとする警官側との衝突が始まった。 装甲車からは催涙弾が発射されプロテスターも道路のコーンパイプや棒などを投げ騒乱状況があちこちで生まれた。 この状況は終日続きこの混乱の中でプロテスターの一部が商店のガラスを割る行動がみられた。 しかし多くのプロテスターは催涙ガスで目やのどをを腫らしながら非暴力の抗議活動を夜半まで続けた。 NGOセンターのあるマジソンホテルへ情報確認に向かった私も5番街通で催涙ガスを浴びながらこの衝突を見守った。 その後12月1日以降はプロテスターはシアトルを去り始め、騒乱状況は12月2日にかけて平穏に向かったが、閣僚会議の日程は大幅に遅れ、 これが閣僚宣言の作成を失敗させる1つの要因となった。12月3日、プロテスターはWTO阻止をしたと勝利宣言し、 主催国のアメリカは権威を失墜させた。中心となったパブリック・シチズンは暴力行為が起きたことを残念としつつも運動の成果を評価した。
 現場に立ち会いプロテスターのピケにより排除される経験をした私は、彼らの行動やWTO体制を批判する考え方には共感を覚えつつも、 NGO会議を重ねWTO交渉にNGOの考え方を反映させようとしてここシアトルに来たことからすればこうした状況を簡単に評価できない複雑な気持ちで会議に向かった。

(2)NGO会議の模様
 世界各地からやってきたNGOは11月半ばから多くの集会や街頭行動を行った。私は、11月29日に時間を遅らせて開始された、 WTO事務局主催のNGO会議「21世紀の最初の10年における国際貿易問題に関するシンポジウム」に出席した。前半は 「次の20年間に対する貿易と発展の見通し」と題するセッションで、ムーアWTO事務局長をはじめ、ECのラミー貿易大臣などの、 「日本の経済発展を例に自由貿易の有効性を誇る」議論と、インドネシアやアフリカ貿易連盟のスピーカーの 「投資の自由化ばかりでなく貧困国の貿易潜在能力を高めるべき」 「世界的貧富の差がある現状では過剰な投資が食料の過剰をよび農家はより貧しくなる」といった議論の対立が印象的であった。 フロアーのNGO代表との討論では「貧困、労働、ハイテク技術、発展途上国問題を考慮できるようにWTOを改革すべきだ」との意見が出された。 しかし日本の経団連会長が自らNGOと称して「日本は貿易上の紛争処理をWTOに頼る他ない、 そのため日本はWTOに大きく経済的支援をしてきた。これからの世界経済で投資ルールやアンチ・ ダンピングのルールを明確にして各国の利害を調節する必要がある」と述べたことが印象的であった。
 後半のセッションは「進化する公的関与と多角的貿易システム」と称して6人が話をした。メキシコ代表は、 「NAFTAによりアメリカの自由貿易圏へ参加し、国富を拡大できた」と述べた。また日本の外務省の野上審議官は「急速なグローバル化は金融、 GM技術、電子商取引などに及び、貧富の格差を生じる。政府は市民と産業界との調整を行い公衆の福祉を確保すべきである。 WTOは世界の人々の貧富の差を解消するために機能すべきである。だが先進国は国の余力がなくなれば環境保全も不可能となるのであり、 経済の発展の可能性はすべて否定できない」と述べた。それに対してはWWFインターナショナル事務局長の 「エコロジカルで持続可能な発展が必要だ」との主張や、アフリカのジンバブエ代表の 「WTOの運営は先進国の手に握られており第三世界の人々は外資の導入により自国の農業が存亡の危機になってしまった」との発言がなされた。 私も経団連の意見が日本のすべてのNGOの意見と受け取られては困ると思い、フロアーから 「自由貿易ルールは先進国の大企業などによる一方的な議論であり、公正な貿易ルールの確立をめざして、農業に関して各国の食料主権を認め、 環境保護と消費者保護を図る為に新しいWTOルールを作る必要があること、例えばGM穀物の規制、厳しい表示の徹底」などを訴えた。 韓国のNGOからもそれを支持する発言があった。
 12月1日には「生命特許はいらない」と称しNGOが自ら企画・運営する集会が開かれ、私も午前9時から夕方まで参加した。 植物特許の歴史など原理的な説明がなされた後、特許に対する社会的、科学的批判がなされ、その後オルタナティブな提案がなされた。 この集まりにはヴアンダナ・シヴァやラルフ・ネーダーもスピーチをした。
 12月2日は午前10時からNGO主体の「食料と農業のNGO国際会議」が全体会と午後の分科会という形で行われた。私も午前の全体会、 昼休みのデモ行進、午後の分科会「GM問題」に参加した。運動が始まって間もないこの問題に対するアメリカのNGOの人々に対して、 私も日本における遺伝子組み換え穀物反対の運動を紹介した。ここでは、 メールを駆使してお互いの運動をつなげていこうとする試みが広く行われていたが、運動の成果を日本からも世界に向けて発信する必要性を感じた。
 こうしたNGO会議や集会などは12月3日にかけてシアトルのダウンタウンを中心に数多く開かれ、食品の安全性、第三世界の労働や投資問題・ 貧困問題、環境問題、生産者の自立の問題、大企業の支配に対する市民の権利の確保など、いくつもの重要なテーマが論じられた。 こうした何万人もの人々の声がWTO閣僚会議に対して市民の側からの異議申し立てとして機能し、交渉の行方に大きく作用したことは、 12月1日にシアトルで行ったクリントン大統領の演説によってもうかがいしれる。

(3) 日本の政府交渉団の活動と閣僚会議
 WTO閣僚会議は11月30日の全体会合の開始が大幅に遅れ、 11月29日に4つと決定された分科会も膠着状況が続き実質的な話し合いはなかなか行われず、 議長ペーパーも12月2日にやっと農業分野だけで出されるなど各国の意見の対立が最後まで尾を引いた。 全体会合は各国の閣僚が持ち回りでマラソンスピーチを続けたがこれは一人一度限りのものであり討議の形はとられていない。 交渉はWTO加盟134カ国中、 先進諸国がコンベンションセンターの会議室などでグリーンルーム会合とよばれる内輪の話し合いを行い交渉の舵取りをとろうとしたが、 第三世界の国々の不満がそうした交渉方法を抑制した側面も否定できない。
 日本は農業分野については、すでにWTO農業協定20条に書かれている「非貿易的関心事項」の内容に農業の多面的機能を盛り込むこと、 輸出補助金の圧縮、林産物を鉱工業品と同一に取り扱わないこと、GM(遺伝子組み換え穀物) を交渉の新分野として検討課題とすることなどを主張した。この農業分野での勢力関係としては、日本・韓国・EUなどの8カ国フレンズグループと、 アメリカ・ケアンズグループ、そして発展途上国、後発発展途上国の対峙という構図となった。 水面下では閣僚レベルの二国間協議や事務レベルの会合もひんぱんに行われ、深谷通産相とタイのスパチャイ副首相、 河野外相とムーアWTO事務局長との会談などの話し合いももたれた。ただNGOセンターで行われた各国交渉団の説明会(ブリーフィング) ではEU主催のものに多くの人々が集まるなど、日本の主張の世界各国へのアピ-ル度は高くない印象を受けた。 会議場周辺などで繰り返されるロビー活動や各国間の非公式な折衝で日本代表団はどのような活動を繰り広げたのであろうか。 
 農業分野での交渉状況では、11月30日づけの日本、EU、ハンガリー、韓国、スイス、トルコの6カ国のワーキングペーパーがまとめられた。 これはEUが中心となって作成したのではないかと思われるが、その段階では日本の主張する農業の多面的機能の尊重という文言が存在し、 GM問題はバイテク問題の章の中で「健康や消費者問題などの関係で事実を究明する作業部会をつくる」という抽象的表現に変わった。アンチ・ ダンピングに対するルールの見直しも盛り込まれた。12月2日朝、 WTO交渉農業分野の議長を務めることになったシンガポールのヨー議長からペーパーが出されたが、これに対しては日本の河野外相が 「この分科会は全体像がみえない会合であり、多面的機能の表現がないこと、農産品と工業品を同列に扱う表現が残っており受け入れられない」 と述べ、途上国は「輸出補助金や市場アクセスの関税問題が不十分」と批判、ケアンズグループは「さらなる保護の削減を求める」などと批判し、 ほとんどの国がこの議長ペーパーに反対した。
 このように農業分野でさえこのような状況にとどまり、深夜から12月3日朝にわたって閣僚レベルの折衝が続いたが、 ついに開始宣言文の策定は不可能となり、とりまとめを断念したという交渉経過であった。

(4)まとめ
 こうしたシアトルの全体状況は何を物語るのであろうか。閣僚会議の農業分野では自由貿易万能の考え方は後退したように見受けられる。 先進諸国代表団のスピ-チでも「環境・安全や再三世界の国々の状況を配慮しつつ」という枕詞が多く聞かれた。 しかし各国の食料主権を認めるという相互了解とはほど遠い状況である。日本政府代表団も主張
した「農業の多面的機能の尊重」という考え方は各国の認識対象となりつつあるというところであろうか。 GM問題は各国の関心の的となったことは間違いない。 しかし今後のWTO交渉のなかでどのような規制が行われることになるのかは監視し続けなければならない。
 交渉の透明性の確保という点では、WTO事務局の説明会が毎夕行われ、各国交渉団のNGOに対する説明も多く行われるなど、 情報開示に努める姿勢が見受けられた。しかし、 水面下で行われる交渉の中身をも材料にNGO側に交渉への協力姿勢を示すなどの動きはみられなかった。 特に日本政府には三者協議などによるこれまでの政治力学の手法が温存されていたようである。
 しかし、交渉の決裂という結果をもたらした今回のシアトルでの会合は、 自由貿易が万能の考え方ではないという世界各国の政府や市民の声が反映し、 2001年1月からのWTO交渉においては幅広い人々の承認なしには決して世界の貿易ルールは策定されるものではない、 ということを示した点できわめて意義深いものであった。これからの動きを見守りたい。
 最後になりましたが、組織派遣をしていただいた「ふーどアクション21」「日本消費者連盟」、そして現地でのNGO登録を進めて頂いた 「ふーどアクション21・みどり運動連絡会」所秀雄代表、渡航と現地での行動を手配していただき現地でも協力させていただいた「食とみどり、 水を守る労農市民連絡会議」「全日本農民組合連合会」「平和フォーラム食・みどり・水委員会」、伊庭みか子事務局長による「WTOに異議あり! シアトルツアー」、英文をチェックしていただいた日消連の浦野久子さんをはじめご協力いただいたたくさんの人々に感謝いたします。

 


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