2010年度の戸別所得補償制度モデル対策の問題点

「歯止めの効かない税金投入が必要に 米の総供給量が増え、米の価格は混乱する」
2010年度の戸別所得補償制度モデル対策の問題点

提携米研究会

2010年度より、米の戸別所得補償制度モデル対策が行われる。

■この制度の特徴は、

1)従来の米の減反政策によるペナルティを廃止
2)生産調整に参加すれば固定費(反1万5千円)が支払われ、米の暴落には差額を政府が補償(米戸別所得補償モデル事業)
3)水田で、麦、大豆、「加工米」「新規需要米」等を栽培すれば、生産調整の参加の有無に関わらず、申請によって交付金が支払われる。特に、新規需要米は反8万円が支払われる(水田利活用自給力向上事業)。

※新規需要米...飼料用、米粉用、バイオ燃料要米、WCS用稲 ※加工米は反20000円の交付金

■いくつかの前提を整理しておきたい。

1)のペナルティ廃止であるが、秋田県大潟村が報道で大きく報じられているとおり、従来、未達成の地域に対しては、減反面積の加算を行う、交付金を減額するなどのペナルティ措置が行われてきた。今回のモデル対策では、このペナルティ措置を廃止し、適切に案分した「生産目標」が都道府県-市町村-個々の生産者に割り当てられることとなる。
もちろん、従来通り、生産数量目標に参加しない生産者にも割り当ては発生する。
この配分については、原則的に生産調整参加/不参加/対象外に関わりなく平等が求められる。
2)の生産調整参加分(主食用米)の所得補償制度であるが、これまでは、「米を作らない面積」(減反した面積)に対して補助金・交付金等が支払われていたのであるが、この戸別所得保障は「米を作った面積」に対して交付されるお金である。また、従来と異なり、原則として国が直接生産者に支払うため、口座も農協以外の銀行(ゆうちょ含む)で構わない。集落営農や集荷業者による代行の場合では、委任状などの上、手数料を取ることが認められない。ここで、農協が従来果たしてきた役割は大きく減じられることになる。
3)の水田利活用自給力向上事業(麦、大豆、新規需要米、加工米等の生産)は、任意参加となっているが、この交付金の金額が大きいことから、これへの参加が増えることにより、事実上生産調整に寄与することとなる。その結果、2)の戸別所得補償制度という名の生産調整に参加し、モデル事業の交付金を受け取る方ことの経済的メリットが大きくなることから、このふたつの事業はセットで(主食用米の)生産調整の達成に有利に働く。
3)の水田利活用自給力向上事業は、畑作不適地や調整水田等として維持されてきた水田で新規需要米を栽培する強力な誘導要因となる。すでに実態として畑地化し、麦、大豆を栽培しているところはそのまま継続されるが、それ以外の多くの水田では、稲作(新規需要米、加工米)への作付け期待が高まる。ただし、長期の休耕、耕作放棄地などの復田は、土地条件が大きく左右する。
ここで新規需要米、加工米については、出荷契約等が必要であることは留意すべきである。新たに成立した米トレーサビリティ法および食糧法改定によって、新規需要米は、「用途限定米」として区分管理がルール化されており、安易な主食向け転用への一定の圧力はかかっている。
4)米トレーサビリティ法では、記録の適切さに対して、直罰の法律となっている。これは、JAS法の表示制度より厳しい法律となっている。ふるい下米も対象となっているが、「用途限定米」について、「加工用米や米粉用米など出荷に際して調製(ふるい)を経た後でなければ、当該用途に仕向けられるべき部分が特定できない場合には、JA等出荷業者に出荷し調整、仕分けされた段階から用途限定米穀と」なる(食糧法のパンフレット)とある。

■今回の戸別所得補償制度がもたらす状況を考えてみたい。

まず、全体的には、生産調整への参加者が増え、「主食用米」の生産量は生産調整参加分/不参加分/対象外分を含めて名目的には減少するであろう。しかし、現在生産調整に参加していない米生産者の87.9%(2006年度農水省推計)は1ヘクタール未満の生産者であり、10ヘクタールを超える生産者はわずか1000人程度である。毎年の天候変動による作況の違いの影響の方が大きい。次に、水田利活用自給力向上事業により、麦、大豆、その他畑作品目の作付面積は若干増えるかも知れないが、土地条件等を考えると急激な畑作品目の増加は期待できない。
問題は、新規需要米/加工米である。今回新たに生産調整に参加する生産者は、その多くが新規需要米/加工米の交付金を期待した作付け意欲からの参加だと見込まれる。また、調整水田等も一定の新規需要米/加工米作付け意欲による解消が期待できる。販売契約締結等の課題はあるが、総じて生産量は急増するであろう。多収穫品種等の種子生産/供給も追いつかないことから、主食用米の同一品種生産が多くなる。
ここで最大の問題が生じる。今回の戸別所得保障と、水田利活用自給力向上事業は、作付面積に対する交付金となっている。また、戸別所得保障では、米の平均的な価格下落は全国一律の補償対象となる。すなわち、かつての減反政策時代に起きたように、1俵でも多くの米を収穫すればするほど生産者の「儲け」につながる構図となっている。
それでは、米を1俵でも多く収穫するにはどうすればいいか。化学肥料の多投と農薬の多用である。近年、生物多様性(生きものとの共生)や環境への配慮が言われ、水田稲作でも「田んぼの生きもの調査」や「農地・水・環境支払い」などの環境政策が取られてきた。有機農業推進法が成立し、有機農業への機運が高まっている時である。2010年秋には、生物多様性条約締結国会議(COP10)が名古屋で開催され、日本政府として「里山イニシアティブ」を提唱、里地里山の生物多様性の重要性を世界にアピールしようとしている。しかし、現実には、今回の政策によって、生産者は有機肥料や減農薬で収穫量を減らすよりも、1俵でも増やせるよう化学肥料、農薬を使用するインセンティブを持つことになる。
有機農業に信念を持って取組んでいる生産者、土作りを始め自らの農法を変えない生産者や、消費者、実需者との栽培方法の約束(契約)をしている生産者を除き、経済行為として考えれば、1俵でも多く収穫したいという生産者の行動は自然であろう。現に、有機資材販売業者からは稲作用の有機肥料のキャンセルが相次いでいると聞く。すなわち、新規需要米/加工米のみならず、主食用米も生産量が目標面積から換算した生産量の想定を超えて生産され、販売されることになろう。
もし、冷害等によって全国的な不作年にならない限り、2010年秋の米の総供給量は明らかに急増する。

■米の需要量は、それに見合うだけ増加するか?

主食用米は、年々需要量が減っている。それは、人口減少、高齢化、食生活の変化によって簡単には回復しない流れとなっている。2008年9月のリーマン・ショックにより、一時的に家庭内食回帰が起こり、米の消費量は増加したが、その後は減少に戻っている。
加工用米/新規需要米はどうであろう。期待されているのは米粉および飼料用であるが、米粉については、米粉パン、米粉麺等の開発が進んでいるにも関わらず、需要が急増しているとは言えない。そもそも、小麦に対する代替品としての位置づけであり、今後も当面はすき間需要であり続けるだろう。飼料用についても、畜産環境が厳しく、かつ、高度にシステム化されている中で、主にとうもろこしの代替となるが、肉質をはじめ、卵・牛乳等の生産物の品質の均一化が図られており、物理的には一定の代替が可能でも、畜産業界として消費者や需要者の動向を踏まえると急激な代替使用には至らないと考えられる。
加工用米は、米トレーサビリティ法の施行や食糧法での区分出荷の強化などもあり、ある程度の需要増が見込める。しかし、加工用米はパックライスをはじめ、主食用に近い「ごはん」として加工されるものもあり、加工用米の需要が増えれば、主食用米の需要が減ることにもなる。
加工用米/新規需要米について、総じてゆるやかに需要は増加しているが、MA米、ふるい下米、一部主食用米を含めての供給に対して考えると、2010年秋の総供給量増加に対応できるだけの需要増が見込めるとは考えにくい。

■総供給量の過剰が発生し、価格下落が起きる

その結果、区分としては、主食用米、加工用米/新規需要米などがあるにしても、結果的は米の総供給量が増え、総需要量はさほど伸びないこととなる。
つまり、平年作以上であれば、米がだぶつき、荷が動かないという状況が早々に発生する。それは、結果的に、市場取引される主食用米の価格下落を招くであろう。
なぜならば、主食用米の取引価格が最も高く、他の区分の米は相対的にきわめて安いからである。区分されていても、加工用米の一部などが、主食的に(おやつではなくごはんとして)消費者に食べられている現実から、それらの発生量が多くなれば、当然、主食用米からの移行は避けられず、主食用米への価格下落圧力は相当なものとなろう。
米粉製品についても、仮に需要が急増したとしても、小麦の需要を代替するだけでなく、米食のバリエーションとして位置付き、主食用米の需要を代替することにもなる。10年単位の長期的な変化はともかく、数年単位での変化では主食用米の需要を減らす要因になる。
生産調整に参加している生産者は、価格下落が起きたとしても、国からの戸別所得補償の変動部分が増えるだけであり、何ら問題はない。消費者も、価格下落は好感を持つだろうが、その結果、戸別所得補償という形での財政出動が増えることになる。

■「米」の生産に税金を投入することの間違い

「新規需要米」「加工用米」であるとしても、過剰生産にある「米」に対して交付金をつけること自体が問題なのである。米という品目は需要と供給を考えれば明らかに供給過剰であり、需要は減少傾向にある作物である。
一方、麦、大豆、菜種、飼料作物などは、輸入品目であり、食料自給率を引き下げている最大の要因である。
食料自給率向上が政策の柱であれば、米の生産に税金を投入することは理解しがたい。自給率の低い作物に対して、税金を投入するべきである。
また、米については、主食用としての需要が減少する中での新規需要開拓が課題であり、まず、需要ありきではないか。需要を創出するために、米に対して複数の価格体系(補助金・交付金体系)を用意し、複雑な流通管理体系を用意したところで、米という品目は同じである。経済の論理として、総供給量が総需要量に対して過剰であれば、価格は下がる。
価格が下がったとしても、生産者はこの政策により生産意欲を増し、総供給量が減少しないところに、この政策の根本的な間違いがある。

■産業、経営者としての米生産者の苦悩

もうひとつ、考えておくことがある。
これまで、生産調整に参加せず、主体的に米を生産し、自らの意志と努力によって販売してきた生産者の米についてである。これらの主食用の米は、産直による個別販売、生協等への直接販売によって個人、あるいは、需要者(レストラン等)に供給されてきた米である。今回のモデル事業であっても生産調整に参加しない生産者の動機は、これらの固定的な需要に対して、品質を保って安定的に供給することによる。信頼の維持はビジネスにおける重要な要素だからだ。価格急落の際、価格の維持と需要のつなぎとめには苦労するだろうが、これまでも特定の需要への供給者であったことを踏まえておくべきだ。
生産調整に参加しつつも、多角的な生産や自家精米、直販等により経営を組み立ててきた生産者もいる。今回の施策は、これらの生産者にとっては当面、大きな影響は出ない。しかし、長期的に見れば、戸別所得補償政策の動向など、政策によって市場が左右されることにより、経営プランが成り立たなくなり、経営コストや経営努力に対する優位性が失われていく可能性がある。
今回の戸別所得補償政策は、生産調整に参加している/していないに関わらず、米の生産を自由主義社会における産業とすべく取り組んできた生産者を退出させる。
そして、産業としては成り立たない米生産を維持する愚策となろう。

■長期的なビジョンを

これまで農村をがんじがらめにしてきた農協という制度に、国の直接交付という形で一石を投じたことや、非民主主義的な生産調整によるペナルティ措置の撤廃など、本政策には評価できるところもあるが、日本の食料、農業政策に対する長期的な視野が欠けている場当たり的な人気取り政策であることに変わりはない。
この政策は、2011年度より水田以外にも広げるとしている。また、農業以外にも、漁業、林業への拡大も検討されていると聞く。
第一次産業は、国の基幹たる産業であり、国土保全、安全保障、社会安定上で必要不可欠であることは間違いない。また、第二次産業、第三次産業の高度化により、第一次産業を支える人びとや地域の経済力が低下し、厳しい環境下にあることも間違いない。
国家として、第一次産業の振興は重要な課題であり、戸別所得補償政策はWTO体制下で取り得る施策であることは理解できる。ただし、多額の税金を投入するものであり、長期的なビジョン、モラルハザードの抑止など慎重な姿勢が必要である。
さらに、戸別所得補償政策によって第一次産業従事者を守ることで、FTAをはじめとする貿易の自由化を促進することは論外である。
一度開けてしまった「戸別所得補償」というパンドラの箱は、閉じるのが難しい。
米というひとつの品目や水田の政策としてではなく、国家の長期的なビジョンから、あらためて議論を行う必要がある。

■提携米研究会の提言

提携米研究会は、2009年5月、「日本の農地と食を守ろう! 田んぼに自由を、そして自給率を上げよう」と題する政策提言をまとめている。
この要旨は、小麦、大豆、菜種等に対する生産・消費誘導政策、米の生産調整政策の撤廃と激変緩和措置、米麦の国家簿応益の廃止とWTO体制に対する食料安全保障の例外措置への国際的合意にむけた取り組み、環境保全政策、有機農業や中山間地対策等についての提言である。
このなかで、米については、生産誘導政策を中止し、市場にゆだねることを柱とし、環境保全政策や中山間地対策は、地域の実情と必要に応じた地域政策として取り組めるための対策を提言している。米以外の小麦、大豆、菜種等については、生産者への直接支払いと、実需者への購入促進措置を両論上げ、ここに議論点を置いたものである。
最近、家電エコポイント、住宅エコポイント、携帯電話エコポイントをはじめ、農作物にもエコポイント制度の導入が検討されている。米以外の小麦、大豆、菜種等について、消費者に対しては、国産品についてのエコポイント制度を入れることで、生産者への直接払いを減らし、需要の誘導策とすることも考えられる。

今の戸別所得補償モデル事業のままでは、稲作農家の経営体としての自立、環境保全、消費向上には寄与しない。国家の予算、ひいては国民の税金を使う上で、効果的かつ実効性のある措置を再検討いただきたい。