提携米研究会の提言
日本の農地と食を守ろう!
田んぼに自由を、そして自給率を上げよう
今、日本の食は潜在的な危機的状況にあります。
日本の食卓は、輸入品にあふれています。米は自給できていますが、国産の肉や牛乳、卵なども、飼料は輸入品で、カロリーベースでの自給率は4割しかありません。世界的な異常気象や経済不安がはじまっています。
私たちの食の未来はとても不安定です。
農家は高齢化し、農地は減っています。耕していない農地も増えています。簡単に再耕作することはむつかしい状況です。
国は、「不測時の食料安全保障マニュアル」(02年、農水省)を作成して、輸入が止まったり、大規模な不作のとき、日本人が餓死しない程度の食料を確保できると言います。しかし、国内に農家がいて、農地がすぐ使える状態になっていることが条件です。実際には飢餓状態であり、身体の弱い子どもたちが栄養状態の悪さから数多く死ぬことが考えられます。
かろうじて農業が成立している間に手を打たなければ、近い将来、突発的な飢饉、飢餓が起きかねません。
今こそ、日本の食料の自立という観点から、食料の自給率向上に向けた農業政策が必要です。
しかし、現実の農業政策は、「田んぼ」に集中しています。多くの税金が、「米を作らせない」ために使われています。全国的に米を作らせず、4割の田んぼを別の作物に利用するよう強制しています。その一方で、農家を選別し、大規模農家のみに集約しようという政策をとっています。しかし、米をつくる大規模農家には常に4割の生産調整がつきまとい、自由な経営さえできない状態です。中小規模で自立的に、多角的な農業生産をしようとしても、農業政策によって制約が加えられています。
田んぼの米を減らす(生産調整)ために多額の税金を投入する今の政策は根本的に矛盾し、破綻しています。
大規模農家への集中や地域ぐるみで経営を一体化させる集落営農は、中小農家が支えてきた日本の農業のあり方とはそぐわない考え方です。結果的に農業生産者数を減らし、耕作放棄地を増やしてしまうことにつながりかねません。
カロリーベースの自給率は、国民が生きるために必要な最低限の条件です。カロリーが高く、よく消費(利用)され、国内でも生産可能な穀物などの生産と国産品消費を増やすことが、カロリーベースの自給率を上げるもっとも簡単で、かつ合理的な方法です。
今行うべきは、まず、米の生産調整をやめ、規模の大小にかかわらず、個々の農家の判断で米の生産を自由にすることです。そのための農業政策は何もいりません。今の生産調整政策をやめ、大規模生産者への集約や集落営農政策をやめるだけで十分です。
そのかわりに、自給率の低い品目である麦、大豆、とうもろこし、菜種などの主要な作物を農家に生産してもらい、食品企業や畜産農家、消費者が積極的に国産品を購入し、利用することで、自給率を引き上げるための誘導政策を行うことです。
農家の規模の大小や、作付けする農地の条件(水田、畑地、耕作放棄地、開拓地など)にかかわらず、米以外の主要な品目の生産に対して、政策と予算を集中させることです。もちろん、そのためには買い手である製粉、製油、畜産飼料、食品加工業、流通、消費者などに対する政策も必要でしょう。これらの品目は安い輸入品があります。この輸入品を置き換えるための状況を作ることが必要です。
この政策に国民的な支持を得るためには、食料の安全保障という大きな目的と同時に、自給、地産地消、農業保全による環境保全、生物多様性の保全、食の安心・安全といった価値観を共有することも必要です。
米はもとより、麦、大豆、菜種などの誘導品目についても、農薬や化学肥料などをできるだけ使わず、有機農業の考え方、技法を活用した農業への転換が必要になります。
また、なによりも、農業政策は農家のためではなく、国民のいのちを守るためであることを明確にして、国民全体が農業政策を安心できる食卓のためだと応援できるようにすることです。
私たち米生産者と、消費者は、「日本の水田を守ろう」という運動を続けてきました。「お米を作らせない」ことでは田んぼも農家も守れません。また、消費者が米を食べないことには田んぼを守ることはできません。日本人の食のあり方が大きく変わった現在、「日本の水田を守る」だけでは、「いのち」を支えられなくなっています。日本の水田と米を中心とした食生活を守るために、まず、今必要な政策に転換するための運動を提案します。
補足 この政策転換を実現するためには、行き過ぎた自由貿易と経済優先主義となっているWTO/FTA体制の見直しや、米政策を転換した際に米価格の急落が起きた際の希望する生産者への緊急無償融資、米および麦、大豆等の品質や規格基準に対する考え方の整理も必要です。それらの議論をふまえつつも、農業現場の現状を無視した減反政策、あるいは見直し論ではなく、国民の食料と農業、農村の自立の観点から新たな政策立案が必要です。
提携米研究会政策提言
命を守り、未来へつなぐための食料政策として、
生産者と地域の自立の上に立った農業政策を
米の生産調整政策を中心とした農業政策を廃し、食料自給率を向上し、輸入を減らし、耕作放棄地をなくすための政策提言
目次
1 提言趣旨
2 提携米研究会と政策提言の目的
2-1 提携米研究会とは
2-2 提携米研究会が考える「食べもの」生産、流通、消費
2-3 提携米研究会が政策提言をまとめる目的
3 政策提言の前提となる現状認識
3-1 世界の食料をめぐる状況は悪化している
3-2 日本の食料をめぐる状況は危機的である
3-3 日本の米の生産調整政策を中心とした農業政策は間違っている
3-4 これからの食料、農業のあり方
4 政策提言
4-1 小麦、大豆、菜種等に対する誘導政策
4-2 米の生産調整政策の撤廃と必要措置
4-3 米麦の国家貿易の廃止と貿易について
4-4 環境保全政策の推進
4-5 その他(有機農業、環境保全型農業、中山間地対策等)
4-6 政策提言の取り組み展開について
1 提言趣旨
行政、立法に携わる政党、国会議員、官僚の皆さん、また、日本の自給率の低さや世界の食料を輸入することで飢餓輸出をすることに心を痛めている皆さん、地球温暖化防止の観点からフードマイレージの削減に取り組む皆さん、さらには、食の安全性から国産の農産物を食べていこうと取り組まれている皆さん、ぜひ、それぞれの視点から、日本の農業政策の転換に力を貸してください。
提携米研究会は、以下の提言をします。
一、食料自給率100%を達成している米と水田稲作については生産調整政策を廃止し、本来の生産・流通・消費の自由と食の自立を確立する。そのための、国境措置を行い、日本の水田を守り、持続的な地域と環境保全が果たされるように取り組む。
二、食料自給率がきわめて低い土地利用型の作物について、生産、消費の誘導措置を政策として行う。その際に、生産者の経営規模や土地条件などに対する制約を行わず、生産者や地域の自主的な判断による増産ができる体制を構築する。
三、環境保全政策については、流域、地域単位で総合的な対策がとれるような政策とする。有機農業、持続可能な循環型地域社会、生物多様性保全などの今日的な価値と地域の自主的な判断を尊重できる政策とする。
2 提携米研究会と政策提言の目的
2-1 提携米研究会とは
提携米研究会は、1987年に発足した「提携米アクションネットワーク」(その後「提携米ネットワーク」と改称)が前身です。「提携米アクションネットワーク」提携米運動は、「日本の水田を守ろう」をスローガンに米生産者と提携する消費者によって取り組みました。食管制度、減反政策中心の農業政策が進められる中、生産者が主体的な生産と流通、農業経営を行なわなければ日本の農業の行く末はなく、日本の水田を守り、米を守ることはできないと、生産者と消費者の提携によってこれらの政策への代案を示してきました。「提携米」の存在は、政府の「特別栽培米」制度を生み、「提携・産直」による米の直接取引の拡大による食管制度の事実上の解体をもたらしました。
1993年には、冷夏により米の大不作が起きました。その結果、米不足報道による米パニック、緊急輸入がはじまり、輸入米と国産米の抱き合わせ販売など、様々な混乱を招きました。このときの混乱は、結果的に翌年以降、消費者の「米離れ」を加速させることにつながっていきました。また、この混乱のさなかに、ガット・ウルグアイラウンド合意によるミニマム・アクセス米の輸入が決定され、その後の米の関税化につながります。しかし、1993年の政府の米在庫量はほぼ0であり、当時、減反政策が進められるとともに「復田奨励」が行われるなど、いきすぎた減反政策による作られた米不足の側面もありました。
そこで、「提携米ネットワーク」は、全国の生産者、消費者に呼びかけ、1994年10月より1000人規模の「減反差し止め訴訟」を行い、政府による強制的な減反政策が、いかに日本の農業、農業生産者を苦しめてきたか、その結果、消費者の利益を損ねてきたかを明らかにする裁判闘争を行いました。裁判で国は一貫して「減反政策により国として生産者に減反を強制したことはない」と詭弁を弄していましたが、全国から多くの生産者が減反政策の強制による地域社会の人間関係の崩壊、自立した農業経営を妨げる様々な状況を次々と明らかにしていきました。この裁判途中で、食管法は廃止され、食糧法になり、生産者の作る自由、消費者の買う自由がようやく法律として確立しました。しかし、同時に、食糧法は制度としての生産調整に法的根拠をあたえるものとなりました。
農水省は、政府として減反を軸とした米の生産調整政策をやめ、生産者の自主的な生産調整へと転換する方針を打ち出しました。現実には、生産調整政策が農業政策全体にさらに周到に組み込まれていきました。2007年秋の参議院選挙による政府与党の大敗を受け、全農と政府与党の強い要求により、農水省は方針を転換し、国が再び積極的に生産調整政策を押し進めるようになり、2008年度よりさらなる強制力をもった生産調整政策がとられています。2008年冬には、農水大臣が「減反政策見直し」の発言を行うなど、国の農業政策は、方向性を見失い、迷走しています。
現在の生産調整政策は、農業、食料、環境、地域問題を含めた幅広い視点からの整理と地域的な運動展開が必要であるとともに、政策転換に向けた議論と政策提言が必要です。
提携米研究会は、提携米ネットワークを発展的に解消し、生産者と消費者の提携による食と農の関係の構築、有機農業の推進、地域ごとの取り組みによって、日本の水田と米を守る運動を展開するとともに、政策提言を行う組織として
2008年4月に発足しました。
-------提携米研究会よびかけ文より--------
米と稲作は、日本の食と農業の根幹をなすものです。
水田稲作は、日本の地域の環境に適し、その環境と多様な生物を守りながら私たちの主食「米」を生み、命を育んできました。
今日、食生活の変化、過度な自由貿易、世界の食糧・エネルギー資源のひっ迫、自然環境の悪化と気候変動、農業者と消費者の高齢化など、米と稲作をめぐる状況は急速に変化しつつあります。
1962年に約120kgだった日本人の米の消費量は、2005年には約61kgと、半分になりました。水田面積も大きく減り、耕作放棄地が増えていきました。
1975年に約790万人いた農業就業人口は、2005年に約330万人と半減し、そのうち65歳以上が194万人と58%に上っています。すなわち、今後10年間で過半の農業者が出荷生産者としての生産能力を失うことは明かです。
これに対し、環境と調和しつつ経済的にも持続可能な稲作農業のあり方が模索されています。2006年12月には有機農業推進法が成立し、日本の農業に有機農業の考え方がはじめて取り入れられようとしています。一方、産業としての農業と基盤となる農地のあり方について、さまざまな政策が検討されています。
従来の自作農、家族経営主体、集落に生産基盤を置く農業生産体制が現実に崩れつつある中で、米と稲作をめぐる今後はどのような形が望ましいのか、地域、環境、経営、流通、消費を含めあらゆる面から検討し、新しい農業、食のあり方を実現しなければ、日本の食と農業は崩壊する局面にあります。
このような認識に立ち、過去のしがらみにとらわれず、未来を見据えて日本の米と稲作の新たな農業、食のあり方を実現するため、提携米研究会を設立いたします。
多くの生産者、消費者の参加をよびかけます。
【提携米研究会の目的】
一、農業生産者に対する生産調整等を前提とした各種規制の解除
一、地域内消費、地域間提携、個人・団体を含む産直提携を軸とした生産・流通・消費の拡大と制度的確立
一、食の安全と環境保全を確保するための生産、流通、表示制度の確立
一、自由貿易体制の中での食料主権の確保(主食自給率の確保)
2-2 提携米研究会が考える「食べもの」生産、流通、消費
(2-2-1)提携米栽培出荷基準の理念
提携米ネットワークは、1997年に「提携米栽培出荷基準」を発表しました。これは、第三者の認証により、生産物の品質を保証するのではなく、生産者と消費者が、生産について、環境、食の安全、経営などを含めた考え方を共有し、食べものの生産、流通、消費に対し、お互いに責任を取っていこうという考え方で作ったものです。地球規模の環境保全という視点から食糧生産を考えつつ、日本の主食である米の安定確保や自給と、安全性の問題の両立するという課題、化学物質や機械を無自覚に駆使して自然を征服するような「効率農業」ではなく、可能な限り自然と共存していくことを共通の目標として、各地の自然条件に適した栽培方法と安定的な米の生産・流通・消費のあり方を確立しようとする課題をふまえ、付加価値をつけるための画一的なものではなく、提携米運動に参加する生産者が、環境保全型の自立した稲作経営を行なうための指針とするものでした。
「提携米栽培出荷基準」における生産の基本理念は、
提携米は、単に「付加価値」の高い米の生産をめざしているのではありません。
この運動に参加しようとする生産者は、次の5点の基本的な生産姿勢を理解して実践することが必要です。
1、主食である米の国内自給が可能な生産基盤をつくろうとする旺盛な意志と意欲がある。
2、可能な限り自然と共存しながら、安全な食糧の安定的な生産を継続させる技術を追求する。
3、経済的に自立し、主体性のある経営姿勢を身につけるように努力する。
4、常に科学的な探求心を欠かさず、経営や技術について創意工夫に努める。
5、自分の営農範囲だけの安全性や環境保全だけでなく、地域や国際的規模での環境問題に常に関心を持ち、社会性ある営農活動を行なう。
としています。これは同時に、消費者の宣言でもあります。
(2-2-2)食べものを通した他者への責任と信頼
さて、今日、米に限らず、日本人の食に対する信頼は失われているといっても過言ではありません。それは、「他者」への信頼の欠如であり、「他者」に対する責任の放棄でもあります。本来、「食べもの」はすべて人が自然に働きかけて、そのなりわい(営み)と、くらしの中から、積み上げられた智恵と技術により栽培、収穫、漁獲され、保存、加工、調理されて食べられるものです。また、食べものは命そのものです。食べものは自然の中で育まれた命であり、食べることによってはじめて、人は成長し、行動し、思考し、次世代を産み育てることができます。
食べものを得るまでにはいくつもの人の手が関わります。食べものの生産者とは、食べる消費者(他者)に対して、食べものそのものの安全性と将来にわたる安定的な生産のための自然環境保全により、消費者の命を保障する重い責任を常に負っています。同時に、消費者は、生産者をはじめ食に関わるすべての人(他者)に対し、食べることによって命をゆだねるという全幅の信頼を常に持ちます。また、生涯を通じて継続かつ安定的に食べものが得られるという未来への信頼を持ちます。この信頼と責任がゆらぎ、失われることは、社会を崩壊させ、人の心を荒廃させる原因となります。
提携米運動とは、日本人の主食である米と、その生産の場である水田のあり方を考え、生産者と消費者の信頼と責任について実践を通して提示していく行為です。
(2-2-3)消費と流通のあり方を見直そう
「食の不安」が蔓延しています。「食の不安」とは、安全性に対する不安、表示や認証などに対する不信、食料自給など食料安全保障に対する不安が渾然一体となったものです。いずれも、「過剰な経済効率」や「市場優先主義」「国際分業と自由貿易優先主義」など、人間のくらしや自然環境の持続的循環的なあり方を無視した結果起きたことです。現在起きている経済危機もまた、同じ問題に端を発します。
まず、食べものから本来のあり方を見つめ直し、有機農業など資源を循環させ、できる限り化石燃料に依存せず、地域の資源を循環的に利用した持続可能な生産方法に転換することが必要です。同時に、貿易格差による貧困輸出や化石燃料を使った輸送など地球規模の気候変動につながる過度な輸入依存を転換し、最大限地域や国内で食料の自給率を上げ、環境負荷を低減し、地域自立につながる地産地消をすすめるなど、流通と消費のあり方を変えていくことも必要です。
2-3 提携米研究会が政策提言をまとめる目的
提携米研究会は、参加する生産者、消費者の実践を通じ、食べものの生産、流通、消費のあり方を社会に提起する運動を続けています。それと同時に、地球規模の環境、経済、社会のあり方、日本全体の環境、経済、社会のあり方に常に関心を持ち、食卓と田んぼから、現実に起きている課題に対して、社会全体が取り組むべき問題を提言してきました。
今日、米と水田稲作の問題は、ますます幅広い視点での取り組みが必要です。
ひとつは、自然環境問題です。すでに気候変動は異常気象の多発という形で農業を困難にしています。長期的かつ壊滅的な気候変動を抑制するための取り組みとともに、今後も起きることが確実視される気候変動の影響(温暖化)についての対応が欠かせません。また、持続可能な自然環境の視点からは生物多様性の確保など身近な自然環境を保全する必要もあります。それは農薬、化学肥料の多用だけでなく、里地里山の持続的な利用、圃場整備、水路河川山林の整備など農業や地域生活にとっても深く関わる問題です。遺伝子組み換え作物による単作化、遺伝子の汚染などの問題とも関わります。
もうひとつは、経済社会問題です。2008年夏までの原油価格の高騰と穀物国際市場の投機的な状況は、世界人口増加、世界経済の暴走、主要穀物の期末在庫率の低下(需給のタイト化)などを原因としましたが、9月以降の世界同時不況により一時的には落ち着いています。しかし、いずれも長期的には価格の上昇と需給のタイト化が避けられず、気候変動などの要因によっては大規模な飢餓の可能性もあります。世界の貧困層と栄養不足人口は増加しており、経済大国で輸入依存国である日本は、世界的な責務として、食料自給率の向上と国民に対する安定的な食料確保が欠かせません。
一方、生産現場である地域社会は、高齢化、過疎化により、地域社会の維持、農地の維持さえも不可能な状況が起きています。水源や潜在的な資源の場である森林は荒廃し、農地と基盤となる水路などが荒廃していく中で、ますます食料生産は厳しい状況を迎えています。
提携米研究会は、米と水田稲作のあり方を考え、実践するだけでは、これらの問題解決にならないと自覚しています。日本社会全体、地球規模の課題に対し、食のあり方として何をすればいいかを考え、社会に提言し、実践をうながしていくことも、現代に生きる社会の一員として欠かせません。
それゆえに、提携米研究会は、これまでの実践と課題整理をふまえ、現実的な政策提言としてまとめることを会の目的としています。
3 政策提言の前提となる現状認識
3-1 世界の食料をめぐる状況は悪化している
世界の食料事情が急変しています。世界全体の穀物需給は、世界人口の増加、中国、インドをはじめとする経済新興国の畜産品消費拡大、バイオ燃料など穀物の他用途利用もあり、需要が伸びています。一方、生産量も需要量に見合う増加をしていますが、21世紀に入ってオーストラリアやヨーロッパ、中国の干ばつ、アメリカのハリケーンなど世界的な気候変動の影響もあり、年によって不安定な状況となっています。そのなかで、主要穀物の期末在庫率は急減し、
2008年末で15.5%と予想されています。FAOによる飢餓などに対する安全在庫水準は17~18%であり、1970年代前半の危機的な在庫率に迫る勢いです。現代と1970年代で異なるのは、当時よりも生産・需給量が倍増しており、世界人口も1970年の37億人から2007年の66億人と倍近く増えたことです。在庫率では変わらなくても、実際の量は大きく異なり、その影響も深刻です。
さらに、2006年より主要農産物であるトウモロコシ、小麦、大豆および米の国際価格、原油の国際価格は投機的に高騰しました。特に米は、貿易量が少ないこともあり、2008年5月にトン1038ドル(1ドル104円、1kg108円)と2倍の水準まで上がりました。その後、世界同時不況により投機的な価格は落ち着きを見せましたが、今後も大きな価格変動が予想され、長期的には価格上昇と期末在庫率の減少が予測されています。
FAOによると、世界の栄養不足人口は過去10年で1億人以上増え、2008年には9億6千万人以上であるとされます。
2008年秋以降、アメリカの金融破綻をきっかけに全世界に広がりつつある世界同時不況は、今後、様々な生産、流通、消費に大きな影響を与えかねません。
このほかにも、世界の食料をめぐる状況には様々な問題や懸念があります。生産面では、世界の耕地面積の8%で遺伝子組み換え作物が作付けされており、種の多様性の減少、生物多様性に対する影響、安全性に対する不安があります。また、「種子・遺伝子の支配」も進んでおり、少数の多国籍企業が世界の種子・遺伝子に私権の網をかぶせ支配しようとしています。
鳥インフルエンザ、SARS、BSEなど、畜産生産量に大きな影響を与える世界規模の疾病も頻発し、影響を与えています。世界的な水資源の不足も現実のものとなりつつあります。
世界人口増加、気候変動の影響、耕地条件の悪化、水不足、原油などの資源問題、経済悪化などにより、世界の食料状況は悪化し、飢餓や貧困が拡大すると予想されています。さらには、これら資源問題を原因とする紛争も今後多発すると予測されており、食料の安定的な生産、確保はきわめて危機的です。
私たちは、同じ世界に生きる一員として、この危機的な状況をできる限り回避、緩和し、かつ、自らが生き続け、次の世代につなぐための方策をとる必要があります。
3-2 日本の食料をめぐる状況は危機的である
日本は、経済力では先進国ですが、食料自給率は飢餓・貧困国並の低さであり、国際情勢や気候変動によっては一気に飢餓を迎える可能性もあります。
2007年の食料自給率はカロリーベースで40%と6割を輸入に頼っています。食料輸入量は約5800万トン(2006年)とされています。また、年間135万トンの食料廃棄量(2006年)があるとされます。
一方、国内の農業生産は、農家戸数が2005年に285万戸、農地面積は469万ヘクタールと減少を続けています。農業者も、65歳以上の農業者の割合は58%です。なかでも、稲作単一経営農家は70歳以上が49%と約5割を占めています。
食料自給率に大きく影響しているのは、食生活の変化です。自給率の高い米の消費量が減ったこと、輸入に頼っている油脂類、畜産品の消費が増えたことで食料自給率は大きく低下しました。同時に、油脂原料および飼料となる菜種、大豆、トウモロコシの国内生産量が減少したことも大きな要因です。さらに、魚介類、野菜、果実などの輸入も増えています。
すでに、農林水産省は「不測時の食料安全保障マニュアル」を作成し、深刻な食料不足が来る可能性を現実のものとして受けとめています。
しかし、高齢化や農村部での人口減少もあって、日本の農地や基盤となる里地里山が使われなくなり、水路等の整備環境も劣化し、潜在的な農地の生産力が低下していること、高齢化によって農業労働力の質の低下が避けられないことなどを考えれば、農林水産省の見通しは楽観的であり、実際には深刻な食料危機が起きてもおかしくありません。土地土地に適した農業技術や智恵、伝統的な地場品種も失われつつあります。
日本の生産者、消費者は、今、日本の食が危機にあることを自覚すべきです。
3-3 日本の米の生産調整政策を中心とした農業政策は間違っている
日本の農業や農業政策は、これまで稲作を中心に行われてきました。米は日本人の主食であり、生活、文化、社会に米と水田が深く関わっていたからです。また、水に恵まれた気候風土の日本は水田稲作に適しています。
米は、主食であるご飯として、せんべいや団子などの菓子として、日本酒、焼酎、醤油、味噌など様々な食品として日本の食文化を作っています。
水田は、米の生産の場であると同時に、里地里山での持続的な生活をもたらし、美しい景観、多様な文化や歴史を形成し、国土保全や生物多様性にも寄与してきました。米は、輸入自由化され、生産調整政策が続く現在でも、100%の自給率を誇る作物です。
日本にとって、米と水田は食と農業の柱であり、もっとも大切な存在です。
しかし、日本人の米消費量は現実に下がり続けており、いまやひとり年間60kg(1俵)を下回っています。今後も、少子高齢化社会の中で、米の消費が大幅に増える可能性は少なくなっています。
かつては、年間1300万トン以上の米を生産していましたが、現在では850万トン程度まで生産量が減っています。それだけ水田がなくなり、転作や耕作放棄されています。
1970年代から米の生産調整政策(水田の減反政策)がはじまり、今日に至るまで形を変えながらも続いています。今も、直接の生産調整に関する補助金や予算のほか、生産調整参加を前提にした補助金や予算、制度などを加えると数千億円を超える予算が毎年遣われています。それでも米の消費量が減少し続け、他の作物との相対的な価格差が大きい状況で米の価格は下がり続けています。
そして、強制的な減反や生産調整の結果、耕作放棄が増えたり、農業者のやる気を失わせ、自立的な農業経営ができない状況が続いています。
現在の生産調整政策は、食糧法のもとで行われており、生産者組織の自主的な取り組みであるとされていますが、実際にはかつての強制的な減反政策と同様に全国に面積、生産量で配分されています。しかも、米の生産調整に直接関係のない環境保全対策や農地の基盤整備、経営支援などの政策、補助金、交付金にも要件の中に「(米の)生産調整に参加していること」を条件としており、都道府県、市町村の地方行政を含めた取り組みを事実上強制しています。
米の生産調整政策の最大の問題点は、米を作る自由、作らない自由を奪い、生産者や地域の自主的な生産、農地の利用、経営の自由度を制限していることにあります。土地利用型の農業を行う限り、必ず4割の米生産調整が条件となります。同時に、集落や地域の人間関係に、生産調整に参加する人/しない人という分断を招き、その関係を壊し、集団主義的な圧力をひとりひとりの生活にまでかけていったことです。集落、地域の「明るさ」「希望」を奪っていったとも言えます。
このため、全国では様々な矛盾が起きています。いくつかの事例を紹介します。
ひとりの生産者が生産調整に同意しないために、集落や地域の助成金を取ることができないと、その生産者に対し、村八分的な扱いを行った事例は数限りありません。
小規模兼業の生産者の中には、「減反政策で飯米分まで削った」と語る人もいます。
基盤整備した水田を休耕し、自宅近くの条件が不利な水田を生産している農家がいます。生産性よりも「家の回りを荒らすわけにはいかない」という価値観を大切にしようという苦悩の結果です。
希少生物や生物多様性のために活動する農家や市民グループは、「作物を生産しないビオトープを維持して生きものを守るより、無農薬・有機農業で稲作を行った方が、保全には簡単で効果的なのに、生産調整のために稲を植えることが許されない」と語ります。
棚田など中山間地では休耕地が増え、集中豪雨などによる土砂災害などで生活が脅かされていますが、「減反政策」があるからと、耕作を辞めざるを得なかったという人もいます。
大規模稲作農家は、生産調整のため、水稲生産に集中して大規模生産することもできず、経営に不安が起きています。
生産調整を引き受け、大豆、小麦などの作付けを増やしている地域でも、輸入品との価格差や不安定な補助金政策によって安定的な生産体制をとれないため、生産者は常に不安を抱えています。
一方、生産調整政策に参加せず、米を主体として様々な作物を作付けし、経営的にも成立している農家は、「米の生産調整に参加していないことで、すべての農業関係の融資を受けられず、水利でも不利に置かれる。がんばる農家はいらないということか」と憤ります。
米の生産調整政策は、日本の食料・農業政策の中での中心的な位置を占めています。しかし、「米の減反」が政策の柱である限り、日本の食料確保や自給率向上に効果的な政策とはなりません。
むしろ、1970年代からの減反政策の結果、農業生産者の誇りを奪い続け、自立させず、農業への希望を失わせていくだけです。新たな政策への転換が必要です。
3-4 これからの食料、農業のあり方
(3-4-1 食料自給率向上の政策、倫理、人権)
世界的な食料への不安に対し、輸入大国である日本が、食料や水を他国に依存し続けることは、人間の倫理としても好ましくありません。日本にとっての食料確保の意味だけでなく、世界に対する責務としても自給率を向上する必要があります。
日本が食料自給率を向上させ、輸入依存を減らすには、ふたつの取り組みが必要です。
ひとつは、消費のあり方を見直すことです。畜産品、油脂類など、輸入穀物に依存しなければ成立しない食品や海外の安い人件費に依存する加工食品の消費を少しでも減らし、国内で生産できる米を中心にしたいわゆる日本型食生活に学びながら、有機農業、地域循環型の生活、地産地消、身土不二、フードマイレージ、スローフードといった価値観をもった食生活への転換が求められます。ただし、食の消費=食事とは、きわめて個人的、身体的な行為であり、法律や政策で規制すべきものではありません。社会的な価値観の共有=文化によってのみ変えていくことができるものです。そのための取り組みをひとりひとりの人間が主体的に行うことが大切です。
もちろん、政策として消費のあり方に影響を与えることもできます。2008年に米の消費が少し回復したのは、食品価格の値上げや景気の悪化により、外食・中食が減り、パン食などが減ったことと分析されています。グローバリゼーションによる自由貿易体制の中で、輸入食品の関税が引き下げられ、国内の農業に悪影響を及ぼしていますが、国内の食料安全保障という観点から国境措置を行うことなど、経済的な影響を与える政策をとることで、消費のあり方を国産重視へ誘導することは可能です。
(3-4-2 食料自給率向上のための方針)
もうひとつは、作付けしていない農地を活用したり、食料自給率の低い作物の生産を誘導する農業政策を行うことです。麦、大豆、菜種など、日本では極端に自給率の低い作物は、安い輸入品によって生産者が減り、生産量が増えません。米の生産調整政策の中では、転作作物として麦、大豆などへの転換が求められています。しかし、麦や大豆を作付けしても、生産費に見合うだけの収入は得られません。また、米の生産調整と連動した転作を求められるため、米の生産と麦や大豆などの畑作の生産など経営のバランスを考える必要に迫られ、本気で取り組みにくいのが実情です。
日本の自給率を上げるためには、麦や大豆、あるいは、菜種などの極端に自給率が低い作物を生産者が経営を考えて持続的に作付けすることが一番の近道です。
麦、大豆、菜種などの自給率を上げるべき作物については、生産費に見合うだけの価格補填を生産者に行うことです。
そのための財源は、これまでの水田稲作の生産調整に関する補助金や予算を原則的に廃止してそれに充て、現在のところ余っている米の生産については生産者の判断にまかせればいいのです。
(3-4-3 国民のための農業政策)
そもそも、農業政策は何のために、誰のために行っているのでしょうか。農業政策で使われる予算はすべて国民の税金です。そして、農業政策は、国民が安全で安心して食料を確保できるようにするために行われています。国家の基本的な役割として、国民の生存の確保があり、その中でも、食料の安定的な供給は、国民が政府に付託した重要な役割です。農業政策は、それを最大の目的として、農業生産を誘導し、その基盤である森林、河川、道路、水路、圃場などに対する整備を行い、必要に応じて、貿易と国境措置を行うことにあります。決して、個々の生産者の生活や経営のために行われるべきではなく、農業政策の中で結果として、国民が支持する限りにおいて、個々の生産者の経営を支援することを行うべきです。
しかし、現実は大きく異なります。個々の生産者の経営的な意志、国民の意思や農業政策の本来の目的とかけ離れ、政治面では1票の格差として価値の高い地方票を確保する目的として個々の生産者を対象に農業政策が行われ、農業政策面では、農協組織を維持し、不適切なインフラ整備や補助、助成などの陰で、農水省関係組織を肥大させるためとして思えない政策が繰り広げられています。その中心に米の生産調整政策があるのです。まるで打ち出の小槌のように、米の生産調整政策と食料自給率を向上させる政策が相反する事業を次々と行い、予算が投入され続けています。これでは、国民のための農業政策とは言えず、生産者のためにもなっていません。
(3-4-4 米の価格下落へのセーフティネットは広く)
米が余っているから価格が安くなり、生産費を下回るようになったと言われています。それでも、多くの生産者が米の生産を続けるのは、日本では水田で米を作る方が、他の作物を栽培するよりも条件に恵まれているからです。また、生産費と関わりなく、自らの生活のあり方や経営的な判断で赤字であっても米を作り続ける人達も少なくありません。
しかし、地域によっては、もともと麦や大豆など畑作に適したところもあります。輪作体系を持っていた地域もあります。
水田稲作の生産調整に関する補助金や予算を原則廃止すれば、一時的に米の価格はさらに下がるかも知れません。
一時的な価格暴落に対する、緊急対策としては、経営規模ではなく、希望する生産者に対する一時的な経営維持政策にとどめるべきです。
米の価格下落は、生産者の経営をより厳しくするものですが、必ずしも悪いことばかりではありません。米の消費量の増加も期待できます。米粉利用など新たな米の利用も広がりが期待できます。今後、輸入穀物価格が長期的に上昇を避けられないことを考えれば、一定の期間の価格調整局面を経て、米の価格が安定、あるいは上昇することも考えられます。
(3-4-5 土地利用型主要作物への誘導措置の考え方)
麦や大豆、菜種などの自給率が低い土地利用型の主要作物を生産する場合、生産者に対しては、生産者の規模、作付け面積、土地条件に関わらず、生産量に対して価格補填するという価格誘導を基本とすることで、米の転作時にみられた捨て作り(作付けするのみで収穫を本気でしようとは考えない)などを防止することができます。また、政策として分かりやすく国民にも支持されやすくなります。
作付け地については、水田であれ、水田との輪作や裏作であれ、耕作放棄地であれ、新規開拓地であれ、作付地の種類や面積などの条件は一切付けず、生産者や地域の主体的な判断で作付けを行うことにすれば、水田稲作の生産調整であったような、生産者の意欲を失わせ、地域にしがらみをつくり、耕作放棄地を増やすようなことにはなりません。
地域ぐるみでこれらの生産に転換する場合については、必要な基盤整備のための補助、助成は必要ですが、水田からの転換など土地利用形態を大きく変更する整備については、周辺の環境保全、生物多様性、農林水産業への影響に十分配慮し、周辺および流域の市民が理解できる仕組みを持つことが合わせて必要です。
また、水田の機能である中山間地の環境保全や災害防止のための水田維持などへの取り組みは必要でしょう。生物多様性や地域づくりなどの視点で、それぞれの地域が水田を守るための取り組みも、農業政策とは関わりなく続くでしょう。これらの取り組みには、それぞれの自治体、地域、水系が主体的に判断できるような自治機能、自治体財政などの体制が必要です。
(3-4-6 主体性の尊重と公共的責務)
国内自給を達成している米に多額な予算をつけるのは、21世紀の環境・世界情勢の中ではきわめて不合理です。農業予算は、国民の食料確保のために使われるもので、そのために「農業」を守る必要はありますが、「農家」のためのものではありません。農家は、自らの経営の中で自立的に生産や生活を行っており、補助金や助成金は政策達成のために行われるものです。本来、補助金や助成金を受けるかどうかは、各農家や地域合意の元に判断されるべきものです。
国内自給率を上げるために、財政(税金)の使い道を根本から変更し、日本の農業生産者が麦や大豆、菜種などに意欲を持つようにすることは、農家のためでなく、日本の国民の食料確保上の理由です。
農家に対する強制ではなく、世界的にも国内的にも必要だからこそ行う農業政策として農家に提示する姿勢が必要です。
農業は、食料生産業であると同時に、土地や水を保全し、生物多様性や生活文化を維持する人間の基盤的な産業です。国民は、農業の多面的な重要性を理解し、一時的な経済政策ではなく、長期的な展望に立った政策に対し、適切な財政(税金)投入を支持する必要があります。それを受ける農家は、農業の公共性に対する責務と自らの職業人としての自立的な経営をふまえて、政策への参加を検討する必要があります。
従来のような国-地方-農協が主導するのではなく、個々の国民、個々の農家の主体性を尊重した政策を実現することが必要です。
4 政策提言
4-1 小麦、大豆、菜種等に対する誘導政策
日本の食料自給率はカロリーベースで4割程度ときわめて低く、食料の安全保障上リスクを負っています。そのなかで米は自給率主食用100%と食料安定上重要な位置にあり、今後も引き続き米の自給が維持されるよう国境措置などの政策は必要ですが、生産面においては、生産調整のために政策を行い、予算を投入することは非合理的です。
食料自給率を向上させ、食料の安全保障リスクを引き下げるためには、きわめて自給率が低く、かつ輸入量が大きい品目の生産を誘導し、その国産物消費を誘導する政策が必要です。
それら品目の中で、もっとも量を占めるのは、トウモロコシですが、このほとんどは畜産飼料として使われています。畜産飼料としては、そのほか、大豆カス、マイロ(こうりゃん・ソルガム...雑穀)、大麦、菜種カスなどがあります。
次に、大豆、菜種など、油脂原料兼飼料として使われる品目があります。
さらに、米に続く主食の位置を占める小麦があります。小麦は、畜産飼料としても利用されています。
いずれの品目も、畜産農家や加工食品などが主な実需者であり、加工されずに直接消費者が利用する割合が低い品目です。
これらの土地利用型品目を国内生産することで、食料自給率を引き上げることが可能になります。そのためには、輸入品との価格差(および品質の差)をどのように埋め、実需者である、集荷業者、畜産農家、製粉、加工食品業者などが国内生産物を利用するための誘導も必要となります。特に、需用者が求める品質要件が、大規模生産以外を認めないことにつながりかねないため、品質要件について、生産者、実需者、消費者が、それぞれに今日的な共通理解を得て小規模な生産でも対応できるような価値形成が必要になります。
また、国民には、国産品を志向し、かつ、これらの政策を支持するための理解を求めることが必要です。
これら品目は、小麦を除き、世界的には遺伝子組み換え技術による作物となっています。多くの国民の「遺伝子組み換え作物を志向しない」という意志に対し、非組み換え品を商社等が求めていますが、年々厳しさを増しています。遺伝子組み換え作物は多国籍企業であるモンサント社を中心に寡占化されています。同時に、これらの遺伝子組み換え開発企業は、世界の種子メーカーを買収し、種子と生命資源の支配を目指しています。遺伝子組み換え作物栽培においては、生産者に対し、厳しい契約を求め、遺伝子組み換え種子、農薬をセットで使用することが求められ、生産の自立を奪う構造ができあがりつつあります。
日本においては、生産者の主体的な自立を確保し、遺伝子汚染など生物多様性に対して影響のある遺伝子組み換え作物の作付けを認めず、それぞれの品目で地域にあった多様な品種を作付けするような政策も同時に行う必要があります。
品目別にみていくと、小麦、大豆については、消費者が日常的に作物として理解しやすい形で利用する作物であり、誘導政策への理解が求めやすく、自給率の向上も見えやすい品目です。
菜種については、主たる用途が食用油となりますが、国内での食用油の確保という観点から重要です。
トウモロコシについては、輸入量もきわめて多く、畜産や畜産飼料のあり方について別途論議する中で、直接消費者が食べる部分の生産と飼料用の生産両面からの視点が必要です。
誘導政策としては、土地条件、生産者の経営規模、担い手であるかどうか、これまでの米政策への参加の有無などの条件を課せず、生産量に対しての価格補填政策のみとすることが大切です。生産者への直接補填と、実需者に対する購入助成の場合があり、どちらが効果的なのかは、政策方針によって異なってきます。政策的には、対象が限られる実需者に対する助成制度の方が事業実行コストは削減できると考えられます。ただし、それにより、生産者に対してバックマージンの要求、系列化などの恐れもあり、議論が必要です。
その他の誘導政策としては、大規模化や団地化を選択した場合などにおける、圃場整備、インフラ整備などが考えられますが、前述した通り、環境保全や地域合意などが欠かせません。
政策としては、できるだけ複雑化せず、都道府県市町村自治体が、独自の政策を遂行することの障害にならないような体制も必要です。
4-2 米の生産調整政策の撤廃と必要措置
米の生産調整政策については、関係するすべての政策をいったん廃止します。
米の生産調整で新たに取り組まれてきた担い手誘導、集落営農体制については、担い手になることでかえって経営の自由度が失われる、あるいは集落営農体制によってかえって集落の地域社会機能が低下するなどの問題も出ており、誘導政策を同時に廃止します。
備蓄政策については、現在の産地単位での買い入れ枠設定を撤廃し、入札制度による市場からの調達を行うなどとし、本来の備蓄目的以外の国の政策的関与を中止します。また、現在3年の回転備蓄を行っていますが、翌年の生育状況を見ながら調達と放出を行う回転備蓄をとる、あるいは、市場に対し、市場流通在庫における備蓄積み増しに対しての助成制度などに切り替えるといった食料安全保障とともに、備蓄による価格下落圧力の緩和など市場形成のための政策を検討する必要があります。
現在、年平均気温の上昇によって西日本を中心に二等米となる米が増えています。今の米検査制度と表示制度は、農薬の過剰使用を助長する要因となっており、別途提携米研究会が主張するように今日的な目的に沿った新たな検査制度、表示制度の確立が必要です。
価格激変措置については、生産者の規模や担い手、集落営農などに関わらず、急激な市場価格下落が起きた場合の激変緩和措置としての緊急無利子融資などを想定します。
4-3 米麦の国家貿易の廃止と貿易について
そもそも、食料は地域で自給することが人間社会の本来のあり方であり、近代国家においては食料安全保障は原則として国内生産を基本とした上で貿易にすることが必要です。近代において、食料を輸出品目とした国々は、プランテーションや大土地所有による搾取的な生産体制によるものであり、食料を輸入依存する国は、経済、軍事力によって他国の国民、国土の搾取を行ってきました。今日、日本は経済力によって食料輸入依存国となっていますが、潜在的な食料生産力は現在よりも高く、必要以上に食料輸入を行っています。
とりわけ、貿易に対しては輸送コストに関税がかけられていないことと、為替差益によって、国内で生産するよりも海外で生産した方が安くなるという状況が成立し、安易に輸入を行う経済、流通体制が構築されています。
食料をはじめとしたすべての生産物、サービス、労働力(人!)を市場化し、自由貿易体制によって、国際的に分業させようというWTO体制は、行きすぎた市場主義であり、地域社会、コミュニティ、非経済的サービス、持続可能性、生物多様性といった、今日に求められる価値を無視したものとなっています。
世界における相互の社会的価値、人間的な価値を尊重した上での自由貿易は必要ですが、現在のWTO体制のあり方は本質的に見直す必要があります。
WTO体制の中で、これらの品目に対する誘導政策をとることは、非関税貿易障壁として指摘されます。これに対し、食料安全保障上の担保、国際的な食料増産政策の必要性など現在の自由貿易体制に対して食料安全保障上の担保を国際的に共通課題とする合意形成が必要です。
緊急時の流通制限について食糧法で規定されている現在の状況で、米麦の国家貿易は不必要な市場介入であり、これを廃止し、国内生産が担保できるような適切な国境措置(関税、セーフガード等)を加えた上で、市場にゆだねることが必要です。それにより、ミニマム・アクセスについても、本来の機会提供として、義務的購入ではなくなります。
4-4 環境保全政策の推進
現在の農業分野における環境保全政策は、農地・水・環境対策が中心となっています。しかし、これは農地そのものではなく、水路、畦畔などの周辺のみが対象となっており、生物多様性や環境保全のためには細切れの政策となっています。
生物多様性保全や環境保全のためには、田畑、水路、畦畔等の農業周辺地に加え、森林、里山、河川など流域、地域全体、あるいは生態系回廊まで視野に入れた総合的な対策が必要です。それは、たとえば、水田を利用している生物の生態に配慮した水管理、田んぼと水路の落差解消、水路と河川の落差解消、周辺里山林の整備などとなるでしょう。
また、開放形の自然環境で使用される化学物質である農薬、化学肥料については、生物への直接的な影響が大きく、適切な生産、整備、環境保全政策とともに、森林、田畑、周辺地などおける化学物質使用量の削減についても対策が必要です。
近年、鳥獣被害についても大きな問題となっていますが。森林、里山から田畑のある里地エリアまでの適切な管理ができなくなっていることから人との「棲み分け」ができなくなっており、ここでも総合的な対策が必要となります。
環境保全政策は、環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省などが縦割り行政ではなく、流域単位や地域単位といった総合的な施策として取り組む必要があり、主たる方策を都道府県、市町村が地域の実情に応じて担えるような政策への転換が求められます。
農業生産の分野では、生物多様性保全、地域の物質・エネルギー循環型の生産のための政策が必要ですが、これは主に有機農業や地産地消、伝統的な品種・生産技術の継承などに重点を置いて行うことが求められます。
4-5 その他(有機農業、環境保全型農業、中山間地対策等)
有機農業や環境保全型農業、中山間地対策などについても、環境保全政策の推進と同様に、生産と消費、地域環境と生物多様性、災害防止など様々な機能を総合的にとらえるとともに、それぞれの地域や生産者が自らの判断で取り組めるような柔軟な対策が必要であり、国による一律な補助や助成にはそぐわないものとして地方自治体の機能発揮に向けた政策を望みます。
耕作放棄と所有権、相続による不在地主等の問題については、別途議論しますが、土地の所有権を尊重するとともに、地域ごとの主体的かつ総合的な土地利用における不在地主等の私権の制限など、公共(パブリック)と私権(プライベート)のあり方についても検討が必要です。